"存在しない306号室" 第1話
「これ、の控えよ」
目のに滑りしてきたのは、古びた茶封筒だった。 から引きされたA4のコピー用は、すっかり黄く変している。 の端は何度も指でめくられたように丸まり、湿気を含んで波打っていた。
番に印字された文字を読んだ瞬、胃の底がきゅっとたく縮んだ。
『平成28度 修学旅宿泊割当表(野・アルプス方面)』
姉が、帰ってこなくなった旅の記録だった。
「……藤原先、これ」 喉の奥がカラカラに渇いて、自分の声とはえないほど掠れた。
「昨、自宅のポストに入っていたの」
藤原千元教諭は、喫茶の暗い席で両を固く組んでいた。 歳。かつての職員で颯爽と歩いていた面はれ、目元にはいが落ちている。 姉が失踪したあのから、このもまた、教職という居所をしずつ削り取られていっただった。
「差の名はなかった。野の消印だけ。最初はただの嫌がらせかとったわ。でも、を見て……息が止まりそうになった」
藤原先の震える指先が、用のを指す。 赤いボールペンで、荒々しく囲まれたつの名。
宮本織。 森本健太。 田理奈。 林悠斗。
姉の名の横に、きではない印字で、はっきりとその数字が刻まれていた。
【306】
「……は?」 わずから漏れた。 「306……? でも、あの旅館は」
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「ええ。あなたもっているでしょう」 藤原先が顔をげ、すがるような目で私を見つめた。 「あの旅館の階に、306号なんて部は最初からしなかった」
臓が嫌な音をててねた。
の〇。 野県のにある温泉旅館『馬楼』で、だった姉たちは忽然と姿を消した。
財布も、携帯話も、着替えの入ったボストンバッグも、すべて部に残されたまま。 争った形跡も、荒らされた跡もなかった。 まるで数分に戻ってくるつもりで、ふらりとスリッパのまま廊へたかのように。
警察は周辺の林、渓、最寄りの駅までくまなく捜索した。 けれど、の痕跡は靴のひとつ見つからなかった。
残されたのは、目撃証言だけ。 失踪夜の分頃、階の廊で副担任と激しく言い争っていたという証言。 『でも先、これ、私たちがやることじゃないですよね?』 姉がそう言っていたのを、別の徒が確かに聞いていた。
翌朝、点呼には現れなかった。 学側がした結論は、『夜の衝な無断による失踪』だった。
期の悪ふざけ。 あるいは、集団での逃避。
その曖昧な言葉ひとつで、姉たちは「勝にてった問題児」に仕てげられた。 残された族に浴びせられた世の線は、今でも肌に焼き付いている。
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スーパーで所のとすれ違うたびに交わされる、ひそひそ話。 「妹さん、にね」「お姉ちゃんがグレて夜逃げ同然だったんでしょ」。 父はいたたまれずに期退職を選び、母は姉の部のカーテンを閉め切ったまま、分の涙を吸った座布団のからけなくなった。
私は今、建築設備の図面管理会社で働いている。 毎、設計図と設備台帳を突きわせる仕事だ。 だからこそ、目ののにかれた異常さが、普通のよりも々しく理解できてしまう。
階の客番号。 通常は301から始まり、奥に向かって番号順に並ぶ。 あの旅館の階は、エレベーターを挟んでに301から305。 奥の渡り廊に307と308。 306という数字は、部の番号として割り振られていなかった。忌み数でもないのに、なぜかばされていたのだ。
「先、これ、学で配られた正式な表じゃないですよね」
私はバッグから、に母が保管していた旅の引きのコピーを取りした。 姉の遺品とも言えるファイルのに、ずっと挟んであったものだ。
枚の用を机のに並べる。 公式の配布資料では、姉の宮本織と田理奈は『204号』。 男子徒は『208号』。 女子部と男子部に、当然のように分かれていた。
「男女同なんて、修学旅の規定で絶対にあり得ない。公ならなおさらです。
引率教員の処分案件ですよ」
「そうよ。保護者に配ったのも、徒に持たせたのも、そっちの表。でも……」 藤原先が唾をみ込んだ。