"母が消える直前の電話は、警察宛てだった" 第8話
浩。 、途の私の腕を掴み、力任せにワンボックスカーの荷台へ引きずり込んだ男。
あの湿ったカビの臭い。 ガムテープで塞がれた。 暗の向こうから漂ってきた、煙の脂っこいヤニの匂い。
皮膚のに埋め込まれていた恐怖の記憶が、瞬で現に蘇り、胃の底が激しく痙攣した。 受話器を握るのひらが、たい汗でびっしょりと濡れている。
「……何の、話」 歯の根がわず、声がカタカタと震えた。
「とぼけるな。おの母親が、全部ひっくり返しに来たんだよ」 受話器の向こうで、荒い息が吐きされた。 属を削るような、障りな乾いた音。
「あの女はな、昨俺のところに来た。に撮られたあの写真を持ってな。……だがそのあと、野寺のところに乗り込みやがった。あの男がどんな奴か、何もらねえで」
喉が張り付いて、声がない。 爪をのひらにくい込ませ、痛覚で辛うじて正気を保った。
「母は……今、どこにいるの」
「所を教えてやる。だが、で来い。警察に言でも喋ってみろ。おの母親は、にのに埋められるはずだったおと同じになるぞ」
ツ、ツ、ツ……。 方に通話が切れた。
指定された所は、と渋川の境。 国17号沿いにある、夜は誰もづかない廃解体ヤードの奥だった。
受話器を置いたその瞬、の通りからいエンジン音が聞こえた。
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……え?
カーテンの隙から、息を殺してを覗いた。 灯の届かないアパートのゴミ集積所の脇に、台の黒塗りのセダンが、音もなくハザードランプを消してしていた。
見覚えのある体。 昼、野寺が乗っていた社の役員だ。
見張られている。 警察から帰った私を、野寺の部が監している。
の先から、血の気が気に引いていくのが分かった。 方の顔をして私の携帯に話をかけてきたあの男は、最初から私を逃がす気などなかったのだ。
震える指で、部のかりを消した。 着を羽織り、財布と父の帳、そしてあのCD—Rをトートバッグに詰め込む。
正面の玄関からはられない。 台所の勝の鍵を静かにけ、共用の狭い配管スペースへとを滑り込ませた。 と枯れ葉がスニーカーの底にへばりつく。 音をてないよう、息を止め、に紛れて裏の用沿いのを全力でった。
夜が元で鳴のように唸りをげる。 通りにて流しの個タクシーを拾うまで、度もろを振り返ることができなかった。
解体ヤードは、のに鉄くずのを積みげてをけていた。
赤錆びた廃のフレームが幾にもなり、がりのが元でぬかるんでいる。 たいが吹き抜けるたび、トタン根がギィ、ギィと気に軋んでいた。
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奥にあるプレハブの事務所。 窓ガラスは埃で曇り、割れた隙から淡い裸球のが漏れていた。
を踏みそうとした瞬、全の筋肉が張った。 あのプレハブと、同じ形だ。 、私が閉じ込められていた、あの暗と同じプレハブ。
逃げしたい。 引き返して、警察へ駆け込みたい。 でも、警察はかない。 私がここでち止まれば、母は度と戻ってこない。
ドアノブにをかけ、気に押しけた。
オイルと錆と、あの煙の匂い。 事務所の央、古びたパイプ子に、の男がく腰掛けていた。
代半ば。 頬は痩せこけ、無精髭にいものが混じっている。 だが、その窪んだを見た瞬、全の毛穴が逆った。
あの男だ。 、暗ので私を見ろしていた、あの目。
「……本当にで来たな、美奈」 浩が、欠けた歯を覗かせてく笑った。
声を聞いた途端、激しい吐き気が込みげてきた。 壁に背を押し当て、バッグを両で固く抱きしめる。
「母は、どこ。……母をどこへやったの!」
「叫ぶな。俺が連れったわけじゃねえ」 は吸い殻をペール缶に投げ捨て、ちがった。 を引きずるような、鈍い歩き方。
「俺はな、昨、おの母親に全部話してやったんだよ。に俺が何をやったのか、誰にで雇われたのかをな」
「野寺……誠に、雇われたのね」
私の問いに、は嘲笑うような溜め息を吐いた。