みかん小説
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"母が消える直前の電話は、警察宛てだった" 第1話

ラップのかけられた皿の肉じゃがは、完全にえ切っていた。

表面の油がく固まっている。 昨の夜、母が煮込んでそのまま勤したはずの鍋も、コンロのでたくなっていた。

「曜にご飯べにおいで」

蔵庫のドアに、見慣れた母の丸文字でかれたメモがマグネットで留められている。 部のに荒らされた様子はない。 玄関の鍵もきちんとかかっていた。 には、母が普段スーパーのレジ打ちに履いていく黒いナースサンダルだけが消えている。

ただの勤。 ただの常。 そう見えるはずの景ので、臓の奥が嫌な音をてていた。

……え、待って。 どういうこと?

今朝、母の勤め先から私の携帯にかかってきた本の話。 「佐藤さん、昨夜の夜勤シフト、無断でいらっしゃらなくて……ご自宅もお話が繋がらないんです」

母は今で歳になる。 遅刻も欠勤も、で度もしたことがないだった。

居のこたつ机のに、母が使っている古いガラケーがぽつんと置かれていた。 携帯を持たずにパートへくはずがない。

画面をく。 指先が微かに震えて、決定ボタンを押し違えた。 発信履歴。 番に刻まれていた刻を見た瞬、喉の奥がカラカラに渇いた。

昨夜、分。 発信先、110。 通話、分秒。

通報している。

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母は、昨の夜、警察に話をかけていた。 それなのに、のには血痕も、争った跡も何つ残されていない。

背筋をたいものが駆けがった。 靴を履き直す余裕すらないまま、母の古い携帯を握りしめて警察署へった。

「事件性ですか? うーん……」

活全課のカウンターの向こうで、代半ばの当直の警察官は、面倒くさそうに元のファイルをめくっていた。 署内の空気は乾燥していて、コピーのい作音だけがやけにきく響いている。

「佐藤美奈さんですね。お母様は歳。成ですし、ご自宅も荒らされていない。昨夜の通話記録もシステムに残っていますが……」 「母が、警察に助けを求めたんじゃないんですか?」

い気に問いかける私の声は、自分でも驚くほど擦っていた。

警察官はパソコンのモニターに目を落とし、さく眉をひそめた。

「お母様、助けを求めてはいません」 「……は?」 「昨夜の通話内容の約です。『昔の事件の担当者と話がしたい』とおっしゃっていました」

が、すぐにはみ込めなかった。

「昔の……事件?」 「はい。の、美奈さんが被害に遭われた未成者略取・誘拐事件です。当の主任捜査官だった元警部の連絡先をりたい、と」

。 胸の奥底に沈めて、度と触れないように蓋をしてきたが、気に巻きげられたような覚がした。

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歳だったあのの。 学の通学で、私はワゴンに引きずり込まれた。 監禁されたのは、窓のない暗いプレハブだった。 くから貨物列のるい響きが聞こえていたことと、カビのえた毛布の臭いだけが、今でもにてくる。 に警察に突入されて、私は助けされた。 犯はすぐに捕まり、刑務所へ入った。 とっくに終わった事件だ。 終わったはずの悪だった。

「どうして母が……今さらのことを」 「それだけじゃありません」

警察官が線をディスプレイに向けたまま、独り言のように呟いた。

「お母様、同じ質問を何度も繰り返されています」 「何を、聞いたんですか」 「『、娘が保護されたときに着ていた青い着は、いま警察の保管庫にありますか』と」

の芯を、い鈍器で殴られたような衝撃だった。

……青い着? 何それ。

青いウインドブレーカーのことなら、覚えている。 ナイロンの、鮮やかなロイヤルブルーの。 胸にい英文字のロゴが入った、用のしきめの着。

でも、違う。 絶対に違う。

「……あり得ません」 「え?」 「警察の保管庫にあるはずがありません。私、保護されたときに着なんて着ていませんでした」

私の声が震えていた。 記憶は鮮だ。 突入してきた警察官の腕に抱きげられたとき、私は寒さに震えていた。

着ていたのは、学指定のいグレーのセーター枚だけ。 寒くて、怖くて、歯の根がわなくて、毛布を肩から掛けられたことすら覚えている。

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