"7年前に失踪した夫は、12年前から目が見えない" 第2話
「……どなたですか?」
発せられた音の響きまで、完全に夫の声だった。
「直」
喉の奥が張りつき、掠れた声がこぼれ落ちる。
「直なの……? 私よ。美智子よ」
駆け寄り、男の膝にを伸ばそうとした。 しかし、触れる直、男は激しくを引いた。 警戒に満ちた、い仕。
「違いです。私は宮本です。あなたのじげている方ではありません」
声にがない。 まるで、あらかじめ録音された械音声を再しているようなたさ。
「嘘よ……嘘つかないで! そののろの傷! 代の、原でバーベキューしたに炭がねて作った傷じゃない! 結婚式の、指輪を落としてで神父さんので笑ったこと、覚えてないの? 悠真がまれた夜、陣痛のであなたが泣き崩れて、助産師さんに笑われたこと……全部、忘れちゃったの!?」
涙で界が歪む。 、毎晩のように「事故に遭ったのか」「どこかで野垂れんだのか」と怯え、仏壇のない部でをわせ続けてきた私のは、体何だったのか。
男の唇が瞬、引き攣るように震えた。 喉仏がにく。 しかし、その表筋はすぐに鉄のように張った。
「何度も申しげますが、私は宮本修司です。に事故で失しました。さんだか何だかりませんが、迷惑です。お引き取りください」
「直……!」
「あなた、そこで何をしているんですか」
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背から、氷のようにい女の声が突き刺さった。
振り返ると、テレビに映っていたあの女――宮本玲子がっていた。 には薬の入ったビニール袋。 えられた眉を吊りげ、侮蔑と警戒が混ざった瞳で私を睨みつけている。
「夫に何の用ですか。ここは訓練のための所です。部者が勝に入り込んで騒ぎてないでいただけますか」
「このは、私の夫です! に失踪した、私の夫なんです!」
取り乱して叫ぶ私に対し、女はじなかった。 むしろ、慣れた様子でバッグから枚の類を取りし、私の目のに突きつけた。
「警察でも呼んで確認なさいますか? これが夫の体障害者帳の写しです。交付はの。当の交通事故の診断も、保険の付記録もすべて揃っています。にいなくなったご主と、このが同物なわけがないでしょう」
目のに押しつけられた診断の文字。 『病名:傷性神経萎縮(両失) 受傷:』
公な病院の印鑑。 担当医の署名。 制度、寸分の隙もなく揃えられた『の全盲』という現実。
の芯が、え切った針で貫かれたようだった。
本物だ。 政を騙して作れるような類じゃない。
じゃあ、私がに見送ったあの男は、誰? 受験に向かう悠真のを撫でて、を運転してっていったあの夫は、私の妄だったとでもいうの?
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「納得されたなら、ていってください。これ以つきまとうなら、警備員を呼びます」
女の無質な宣告。 パイプ子に座った宮本修司は、ただ固くを結び、虚空を見つめたまま微だにしない。
全の血が抜けていくのをじた。 私の負けだ。 、夫を待ち続けるあまり、似た顔のに縋り付いて喚き散らすれな狂。 周囲の護師たちのややかな線が、刃物のように背に突き刺さる。
私は俯き、よろめくで談話のドアノブにをかけた。 指先から力が抜けていく。
り際、どうしても胸の奥に澱のように溜まった言葉を吐きさずにはいられなかった。 もう誰にも届かなくていい、ただの独り言だった。
「……直。悠真はね、今で歳になったよ。来のには、ちゃんとした会社に就職も決まりそうなの」
ただ、それだけを呟いてドアを引こうとした。
その瞬。
「――待ってくれ」
背で、裂けるような声が響いた。
宮本修司が、弾かれたようにちがっていた。 子がを激しく擦り、乾いた属音が談話にこだまする。
先ほどまでの平坦な仮面は、跡形もなく剥がれ落ちていた。 焦点のわない目を必に見き、男は私の声のした方角へ、今にも倒れそうな取りでを伸ばしている。
「悠真は……あの子は今、無事なのか? ちゃんと、飯をえているのか……!?」
背筋に、たい悪寒がった。
っている。