"他人の家で父親ごっこをする夫" 第17話
【17】 「由美、このマグカップ、まだ使う?」
の柔らかな差しが、リビングのレースのカーテンをく透かしていた。
季節の変わり目の掃除ということで、私たちは朝から分けして部の片付けをしていた。
私はリビングの窓を拭き、雅は脚に乗って、キッチンの吊り戸棚の奥を理していた。
けていなかった戸棚の最段からは、引き物で貰ったきり使っていない箱や、古い保容器が次々とろされていた。
「これ、いつのやつだっけな……」
雅が戸棚の最もい所から、埃をかぶった箱を取りした。
からてきたのは、茶い陶器のマグカップだった。
数、私が茶の通信販売のポイントを集めて貰った、ノベルティのカップだった。
取っの部分にさなスズランの絵が描かれている。
お気に入りだったが、いつのにか器棚の奥へ押しやられ、すら忘れていたものだった。
以の雅なら、どうしていただろうか。
「こんな古いもの、誰も使ってないだろ」と勝に決めつけ、ゴミ袋のに無造作に放り込んでいただろう。
あるいは、「千鶴さんたちが引っ越し先で使うかもしれない」と、私のらない袋に滑り込ませていただろう。
言葉にされないものは、しないもの。
求められないものは、捨てていいもの。
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そうやって、彼は私の活の輪郭を削り取ってきたのだ。
だが、脚からりてきた雅は、そのマグカップを両で切そうに抱えていた。
そして、雑巾を洗っていた私の背に向かって、し緊張した面持ちで歩み寄ってきた。
「由美」
呼び止められて振り返ると、雅はカップを私の目のに掲げた。
「これ、戸棚の奥にあったんだけど」
し掠れた、真剣な声だった。
「由美、このマグカップ……まだ使う?」
私は作業のを止め、濡れたをタオルで拭いた。
夫ののにある、埃をかぶった古いスズランのマグカップ。
そして、私の答えを待つ夫の目。
そこには、誤魔化しも、勝な推測も、都のいい諦めもなかった。
ただ、目のにいる妻のを、言葉として受け取ろうとする覚悟だけがあった。
私はマグカップを見つめ、それから雅の目をしっかりと見つめ返した。
「ううん。もう使わないわ」
雅はさく息を吸い、確認するようにねて聞いた。
「……本当に? 捨てても、丈夫か?」
私はクスッと、喉の奥でさく笑った。
結婚してから何も忘れていた、自然な、飾らない笑い声だった。
「うん。丈夫。捨てていいよ」
「……そうか」
雅はホッとしたように肩の力を抜くと、カップを古聞で丁寧に包み、燃えないゴミの袋の底へと静かに置いた。
何でもでできるからといって、放っておいていいわけじゃない。
声で「欲しい」と言わないからといって、「らない」と決めていいはずがない。
壊れかけたのを埋めるのは、劇な言葉でも、涙の懺悔でもない。
目のにあるさな活の欠片を、つひとつ、「これはあなたのもの?」と問い直していく、その臭い対話の積みねなのだ。
窓のでは、京のに本格なを告げるぬるいが吹き抜けていた。
「ねえ、雅」
「ん?」
「それ終わったら、コーヒー淹れてくれる? 分」
雅はゴミ袋を縛るを止め、驚いたように顔をげた、今まで見たどんな笑顔よりも器用で、確かな笑みを浮かべた。
「ああ。すぐ淹れるよ」