"嫌なら出ていけと言った夫へ" 第16話
【16】 3ヶ、鳴らされた玄関のインターホン
季節は巡り、の気配がを包み始めていた。
駅から徒歩分の、さな1LDKの賃貸マンション。
向きのベランダから差し込む柔らかな差しの、私はしく買ったミシンを踏んでいた。
カタカタカタ、と軽なリズムが部に響く。
、あのでは「俺の許なく余計なものを置くな」と禁じられていた、私のささやかな趣の空だった。
誰の音に怯えることもない。
誰の嫌を伺う必もない。
スーパーで自分の好きな材を買い、自分のためだけに茶を淹れる。
暮らしは、に寂しく、に面倒でもあった。
だが、この静かな孤独こそが、私が自分のを取り戻した証拠だった。
スマートフォンの画面がる。
修からのメッセージだった。
『今の夕方、奈央が翔太を連れてくるそうだ。おも、都がつくなら夕飯をべに来ないか。スーパーの刺と、簡単な鍋を用した』
文章はく、かつての傲な命令調は跡形もなかった。
私はミシンの針を止め、ふっと元を緩めた。
『18にきます』とだけ返信し、ちがった。
夕方、見慣れた宅の坂を登る。
扉のにっていたはずの『売却物件』の板は、ヶのあの、跡形もなく撤されていた。
庭の垣はし揃いながらも入れされ、玄関先には落ち葉を掃いた跡があった。
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をくぐると、ちょうどから奈央がベビーカーを押して歩いてきた。
夫との別居活を終え、互いに距を置くルールを決めてやり直し始めた娘の顔には、かつてのような怯えは消えていた。
「あ、お母さん」
奈央がち止まり、微笑んだ。
そして、玄関のにつ。
かつての奈央なら、当たりのように自分の鍵を差し込み、ドアを乱暴にけていただろう。
だが、娘は鍵を取りさなかった。
ち止まり、さく息をえてから――
玄関の横にあるインターホンのボタンを、しっかりと指先で押した。
ピンポーン。
澄んだ子音が、夕暮れの空気に響く。
数秒、ガチャリと鍵がき、から修が顔をした。
し痩せ、エプロンをつけた姿は、かつての威圧ある企業の部とは別のようだった。
だが、その目元には、で活を切り盛りしてきた男特の、にの着いた落ち着きがあった。
「いらっしゃい、奈央。翔太も、よく来たな。……理恵も」
「お邪魔します、お父さん」
奈央がをげてに入る。
私も続いて玄関にがった。
のは、驚くほど清潔に保たれていた。
でゴミの分別を学び、排溝の滑りを掃除し、スーパーの特売を把握するのに、修は最初ののヶを丸々費やしたそうだ。
『を管理するというのは、居座ることではなく、をかし続けることだ』
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先、直伝いに聞いた修の言葉をいし、私はのでさく笑った。
で囲んだ卓は、静かで、穏やかだった。
修が器用に切った野菜が入った寄せ鍋を突き、のない世話をする。
修はもう、「ここは俺のだ」とは度も言わなかった。
誰かを威圧することも、自分の嫌で空気を凍りつかせることもなかった。
事が終わり、私はちがった。
「ごちそうさま。片付けは伝うわね」
「いや、いい。俺がやる。おの仕事じゃない」
修がちがり、慣れたつきで器をシンクへ運び始めた。
その背は、以よりもしさく見えたが、どこか清々しかった。
玄関で靴を履く。
修がタオルでを拭きながら、見送りにやってきた。
彼はかつてのように「いつ戻ってくるんだ」と命令することも、れっぽく復縁を乞うこともしなかった。
ただ、し照れくさそうにを掻き、静かに言った。
「……来週の週末、もしが空いてたら、また飯でもいに来ないか」
「そうね」
私はドアノブにをかけ、振り返って微笑んだ。
「気が向いたらね、修さん」
にると、の夜がよく吹き抜けていった。
カチャリと背でドアが閉まる。
振り返ると、かりの灯ったがそこにあった。
売り払われず、誰かの独裁のでもなくなった、ただの静かな。
を残すということは、過の活にしがみつくことではない。
互いの尊厳を守るための距をに入れた今、私たちはようやく、対等なとしてのを歩み始めていた。