"無償シッター扱いの母" 第1話
「から、あいつをに入れるな」
コトコトと、ル・クルーゼのい鍋蓋の隙から、甘い湯気がちっていた。
赤ワインとデミグラスソースの匂い。
娘の理が子どもの頃から好物だった、牛すね肉のシチューだ。
の曜は、理と夫の健太さん、そして歳になる孫の悠斗が揃って夕飯をべに来るだった。
「お父さん、見してみて。しいかしら」
私がべらを持ったまま振り返った瞬、界の端でギギッと乾いた蝶番の音がした。
夫の隆が、ダイニングテーブルの脇に置かれていた製の折りたたみチェアを、無言で持ちげているところだった。
座面にしだけクレヨンの跡が残る、悠斗専用のキッズチェア。
このに毎週やってくる孫のために、、私がわざわざ買ったものだ。
「……何してるのよ、隆さん」
夫は私の声に答えず、ずっしりとした子を抱えたまま、廊の奥へと歩いていった。
パタパタとスリッパの音を響かせ、暗い納戸の引き戸を乱暴にける。
そして、奥に積まれた古いゴルフバッグと段ボールの隙に、その子を力任せに押し込んだ。
ガタガタと属の擦れう嫌な音がして、埃がった。
「ちょっと、放り込んだら傷がつくじゃない。、悠斗が座るのよ?」
私がりで納戸のに駆け寄ると、隆は埃のついたのひらをパンパンと払い、ようやくこちらを向いた。
広告
定退職してから髪の目つようになった夫の顔は、連れ添った私でも度も見たことがないほど、たく張っていた。
「から、あいつをに入れるな」
「……は?」
を疑った。
「あいつって……理のこと? 何を言ってるの。みんなで来るって、曜に連絡があったばかりよ」
「理由はどうでもいい。は鍵をけるな」
それだけ吐き捨てると、隆は私をすり抜け、リビングのソファへどっかりと腰をろした。
リモコンでテレビを点け、流れてきたバラエティ番組の笑い声に目を向ける。横顔はピクリともかない。
何かあったのだろうか。
父親と娘の、くだらない喧嘩だろうか。
先週、理が悠斗を連れてきたも、隆は珍しく悠斗とブロック遊びをせず、ずっと斎に籠もっていた。あのに何か揉めたのだろうか。
「ねえ、隆さん。ちゃんと説してよ。理が何をしたっていうの?」
正面に回って問い詰めても、夫はテレビ画面から線をさなかった。
「……鍋が焦げるぞ」
その言で、会話は方に打ち切られた。
翌の曜。
のは、息が詰まるような沈黙に包まれていた。
私は予定通り、悠斗の好きなかぼちゃのプリンを焼き、シチューを温め直した。
どうせいつもの、頑固親父のっ張りだ。理の顔を見れば、隆だってすぐに嫌を直すに決まっている。
広告
そう自分に言い聞かせていた。
午分。
ピンポーン、と甲いインターホンの音が鳴り響いた。
「ほら、来たじゃない」
私はエプロンをし、玄関へ向かおうとした。
壁のモニター画面には、ベージュのトレンチコートを着た理と、幹線のオモチャを握りしめた悠斗が映っている。
健太さんの姿は見当たらない。仕事だろうか。
私が玄関ホールのスリッパを揃え、ドアのサムターンにをかけようとした、そのだった。
背から伸びてきた分いが、私の首をく掴んだ。
「隆さん……!?」
振り返ると、夫が無言でっていた。
そのまま私を引に背へ押しやり、自らの体で玄関ドアを塞ぐようにして、どっしりとちふさがったのだ。
「けるなと言ったはずだ」
夫の瞳は、冗談でもでもなく、昏い敵のようなを帯びていた。