"都合のいい下請けの妹" 第10話
夜23、話越しの「助けてくれ」
ブブブ、ブブブ、と。
製のローテーブルので、スマートフォンが骨を軋ませるような音をてて震え続けていた。
回。
あのプライドの塊のような兄が、妹相に回も連続で話をかけてくる。
それだけで、実の状況がどれほど凄惨を極めているかが痛いほど伝わってきた。
私は回目のコールが途切れる寸、画面をスワイプした。
に当てる。
こちらからは何も言わなかった。
通話が繋がった瞬、受話器の向こうから聞こえてきたのは、鳴り声ではなかった。
『……奈津子か』
掠れて、今にも途切れそうな、荒い呼吸の音だった。
かつて父が危篤に陥った夜の、あの追い詰められた呼吸と酷似していた。
「何の用?」
私の淡な問いに、話の向こうで数秒の沈黙が落ちた。
やがて、兄が何かを堪えるように、喉を鳴らす音がした。
『……由美がてった』
「美羽から聞いたわ」
『美羽が……? そうか、連絡してたのか……』
兄の声には、いつもの尊な張り配が欠片もなかった。
苛ちを通り越し、完全な虚脱状態に陥っているのが分かる。
『全部、めちゃくちゃだ。仕しには断られた。スーパーのオードブルで済ませようとしたら、予約分しか置いてないって言われた。、野の叔父さんたちも、茂叔父さんも来るんだぞ。昼飯もせないなんて、親父の顔にを塗ることになる……』
「自業自得よ」
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私はを交えずに切り捨てた。
「魚常さんに鳴り込んだそうね。お世話になったおに、なんて無礼なことをしたの。予約もなしに無理を通そうとするなんて、社会として恥ずかしくないの?」
兄は言い返さなかった。
いつもなら「おの際が悪かったからだ」と喚き散らすはずの男が、ただい溜息を吐きすだけだった。
『それだけじゃないんだ……。寺の職に確認の話を入れたら、「盆用の祭壇飾りが用されていないなら、の読経はできない」って言われた。迎えを焚く麻がらも、盆棚に敷く真菰のゴザも、提灯の所も……どこにあるのか、何つ分からないんだよ!』
「仏壇のの袋よ」
私は即座に答えた。
「きな茶い呂敷に包んで、防虫剤と緒に入れてある。提灯は番奥の段ボール。毎、の終わりに私が干ししてしてたのよ」
『あ、袋か……』
ガサゴソと受話器の向こうで音が響き、梯子をてかけるような音がした。
だが、すぐに兄の絶望な声が戻ってきた。
『……鍵がかかっててかない』
「鍵?」
『袋の戸に、さな京錠がついてるんだよ。こんなの、俺はらん! 番号も鍵の所も分からない!』
私は痛を覚え、額に指を当てた。
「父さんが、美羽がさい頃に悪戯しないように付けたのよ。鍵は、仏壇の引きしの、マッチ箱の」
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『マッチ箱……? 探す、今探すから……!』
話の向こうで、引きしを乱暴に引っ張りす音と、物がに散らばる甲い音が響いた。
その慌てふためく無様な音を聞きながら、私の胸の奥で、乾いたが吹き抜けていくのをじていた。
このは、本当に何も見てこなかったのだ。
父が何を切にし、どうやってを守り、どんな恵で活をえていたのか。
男として「実を継ぐ」と言いながら、その実という器のに詰まっていた無数の活の恵や記憶を、何つ受け取ろうとしていなかった。
ただ「権利」という板だけを掲げ、の抜けたガラクタのであぐらをかいていただけだったのだ。
やがて、兄の息せき切る声が戻ってきた。
『あった……いた、提灯はあった……。奈津子、頼む、今から来てくれ。で迎えにくから。の朝までに、料理の配と、祭壇の飾り付けを伝ってくれ! おならできるだろ!?』
私はややかに言い放った。
「断るわ。は平よ。私には仕事がある」
『を取れよ!』
兄の声に、瞬だけ昔の傲さが戻りかけた。だが、私が黙り込むと、兄はすぐに自分の失言に気づいたようだった。
息を呑み、声のトーンを無理やり落として、けない懇願へと変えた。
『頼む……奈津子。叔父さんたちにわせる顔がないんだ。「誠は実を継いだ途端に、法事つまともに仕切れないのか」
って、親戚同から笑い者にされる。頼むから、俺のメンツを潰さないでくれ……!』
「兄さんのメンツ?」
私の声は、氷点までえ切っていた。
「私ので鍵を奪い取って、族LINEから追いしたとき、私の尊厳はどこにあったの? 『もう度と実に来るな』って言ったで、困ったときだけ『メンツを守れ』なんて、よく言えたものね」
『それは……悪かったよ! 謝るから! 悪かったって言ってるだろ!』
「先だけの謝罪なんていらないわ」
私は受話器を握りしめ、最の線を引くために息を吸い込んだ。
「なぜ私を呼ぶの? 『妹だから』? 『都がいいから』? そうじゃない理由を、自分の言葉で言いなさい」
数秒の、んだような静寂が流れた。
くで救急のサイレンが微かに聞こえていた。
やがて、兄の喉から、掠れた嗚咽のような声が漏れた。
『……俺じゃ、できないんだ』
初めて聞く声だった。
威張り散らす男でも、妹を見す兄でもない。
自分の無能さとささを突きつけられ、プライドを完全に叩き折られた、半ばのけない男の声だった。
『料理も、段取りも、親戚の相も……俺じゃ、何つまともに回せないんだよ。……頼む、奈津子。助けてくれ』
その言葉が、の奥にく沈み込んだ。
私は目を閉じ、く息を吐きした。
そして、酷なまでにえられた条件を、兄のへ突きつけた。
「条件があるわ。つでも破ったら、私はそので帰る」
『……何だ? 何でも聞く』
「の朝、私は法が始まる分の、分にく。それよりには絶対にかない」
『えっ、そんなじゃ準備が――』
「を挟まないで」
私は容赦なく遮った。
「私がやるのは、仏のおをけることと、美羽のの回りの世話だけ。それ以……親戚への挨拶、お茶し、料理の配、職への挨拶とお布施の渡し、すべて兄さんがでやりなさい。私は切、をさないし、代もしない」
『……お茶しも、俺がやるのか?』
「当たりでしょう。あなたがこのの『主』なんだから。親戚に恥を晒すのも、職にをげるのも、全部あなたが自分で引き受けなさい。それが『実を継ぐ』ということよ」
話の向こうで、兄が絶望に息を詰まらせるのが分かった。
「嫌なら、今すぐ断りなさい。私は、会社にくだけだから」
『……わかった』
兄の声は、かすかに震えていた。
『わかったから……来てくれ』
私はそれ以何も言わず、通話を切った。