"都合のいい下請けの妹" 第4話
「お父さん、机を壊して鳴ってた」
曜の午過ぎ。
インターホンが度だけ、控えめに鳴った。
ドアをけると、美羽がっていた。
曜の騒があったため、本当に来るかどうか半信半疑だったが、兄は結局、美羽を私のへ向かわせたらしい。
「いらっしゃい、美羽。暑かったでしょう」
「……うん。お邪魔します」
美羽は靴を脱ぐと、曜と同じように、爪先をきっちりと揃えて玄関の隅に置いた。
その背は、以実で見せていた無邪気な子どものそれではなく、まるでのに借りしている居候のように縮こまっていた。
私はあらかじめやしておいた麦茶と、所のベーカリーで買ったリンゴのデニッシュをテーブルにした。
「お腹空いてるでしょう? しべなさい」
「……ありがとう、伯母ちゃん」
美羽はデニッシュをさくちぎり、ポロポロと落ちるパイをで丁寧に受け止めながら、ずつに運んだ。
こぼしたらられる、と体が覚えているような仕だった。
「学、どう? プールの授業、始まった?」
私が当たり障りのない話題を振ると、美羽は「うん、先週から」とく答え、それ以は言葉を続けなかった。
普段の美羽なら、「クロールでメートル泳げたよ」とか「誰々ちゃんと同じ班になった」とか、楽しそうに話してくれるはずだった。
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何かがおかしい。
庭内の張り詰めた空気が、このさな体にそのまま転写されている。
やがてデニッシュをべ終えると、美羽はランドセルをけ、宿題のドリルを取りした。
だが、そののきが途で止まった。
ランドセルの底から、クシャクシャに丸められた枚の用を取りし、膝ので迷うように指先を蠢かせている。
「美羽? どうしたの、その」
私が声をかけると、美羽の肩がビクッとねた。
彼女は泣きそうな顔で私を見げ、震えるでその丸まったを差ししてきた。
「これ……お父さんに、伯母ちゃんに渡せって言われたの」
「お父さんに?」
受け取った用を広げてみて、私は息を呑んだ。
枚は、役所から父宛てに届いていた『額療養費支申請』だった。
父がに入院していた際の、医療費の自己負担限度額を超えた分が還付される続きの類だ。提期限の欄には、赤字で『至急』のスタンプが押されている。
受取座の指定と、父の認印、そして遺族代表者の署名が必な類だった。
そしてもう枚は、学から配布された『族状況調査票』と、学童保育の緊急連絡先変更届だった。
どちらの類も、ただの事務続きのだ。
だが、異様なのはそのの状態だった。
の端が激しく破れ、のような汚れがつき、何度も握りつぶされたように皺だらけになっていた。
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「これ、どうしたの? 何でこんなに破れてるの?」
私の問いに、美羽は俯き、膝ので握りしめたさな拳をわなわなと震わせ始めた。
ポタリ、と粒の涙が、美羽の紺のスカートに染みを作った。
「昨ね……」
美羽の声は、今にも消え入りそうだった。
「お父さんが、夜にずっと引きしをひっくり返してて……じいちゃんの保険証と、昔の判子がないって、ずっと鳴ってたの」
私の臓が、ドクンと嫌なね方をした。
「お母さんが『私に言われても分からないわよ』って言ったら、お父さん、すごくって……居にあった、じいちゃんのガラステーブルをい切り蹴っばしたの」
「蹴っばした……?」
「うん。ガシャーンって割れて、ガラスがび散って……美羽、怖くて自分の部に逃げたんだけど、お父さんとお母さん、夜までずっと叫びってて……」
美羽のさな肩が、激しくした。
私はたまらずちがり、美羽の隣に座ってその華奢な肩を抱き寄せた。
美羽は私のの胸元に顔を埋め、声を押し殺して泣きじゃくった。
「お父さんがね……『奈津子が全部抱え込んで勝にやってたから、俺が何も分からないんだ』って言ってた。おが隠したんじゃないかって、お母さんを鳴って……美羽、おに帰りたくないよ……」
美羽の流す涙が、私のシャツをじわりと濡らしていく。
私は美羽の背をさすりながら、元に残されたクシャクシャの申請を裏返した。
そこには、殴りきされた兄の跡があった。
鉛の芯が途で折れたのか、を突き破るほどの圧で、荒々しくこうき殴られていた。
『奈津子に聞け。親父の印鑑と過の領収はどこだ。どこに隠した?』
どこに隠した、だと?
私は奥歯をく噛みしめた。
隠したことなど、度もない。
父の入院費の続きも、額療養費の還付請求も、すべて父の病のベッドサイドにある製の引きしと、実の仏壇の段目の引きしに、分かりやすくファイリングして保管してあった。
所を尋ねられれば、言で教えられるものばかりだ。
だが兄は、度も「教えてくれ」とは言ってこなかった。
「自分がすべて管理する」「おは部者だ」と威張り散らして私を追いしておきながら、いざ続きの類が届いても、どこに何があるかすら把握できていない。
そして自分の無と無能さに苛ち、妻に当たり散らし、具を破壊し、歳の娘にこんな惨めないをさせているのだ。
兄が誇らしげに掲げていた「本の督」の正体が、これだった。
実の決定権を握るということは、名誉や財産をに入れることではない。
臭く、面倒で、誰も褒めてくれない無数の続きと雑務を、つひとつ自分ので処理していくことなのだ。
兄はその覚悟もないまま、ただ「主」
の座だけを奪い取り、元の活が音をてて崩壊していることにすら気づいていない。
美羽の泣き声が、次第にしゃくりげるようなさな息へと変わっていった。
私は美羽の涙を指先で拭い、その目をまっすぐに見つめた。
「丈夫よ、美羽。美羽は何も悪くないからね」
そう言いながら、私ののでは、徹な決が急速に輪郭を結びつつあった。
兄は私を「何も言わずにく便利な代わり」だとっている。
類の所を教えれば、また「最初から言え」と鳴り、次の面倒事を押し付けてくるだろう。
だが、もう私は兄の代わりにくつもりはなかった。
私がこのを引っ込めたとき、あのがどれほど脆く崩れるのか。
兄には、その現実を骨の髄までわってもらう必があった。
その、テーブルのに置いていた私のスマートフォンが震えた。
画面には、由美さんからの着信が表示されていた。
美羽の母親であり、兄の妻である由美さん。
いつも兄の背に隠れて沈黙を守っていた彼女が、私に直接話をかけてきたのは、父がくなってからこれが初めてだった。