"夫の葬儀で別の男を父と呼んだ息子" 第15話
団のベンチ
昭の面を残す巨な公団宅の片隅に、褪せた緑のベンチが置かれていた。
々のから差し込む漏れが、舗装の割れたアスファルトに斑模様を描いている。
ベンチには、喪ではなく、な紺のポロシャツを着た佐伯が座っていた。
膝のに置かれた両を何度も握り直し、落ち着かない様子でくのを見つめている。
「……あそこにいる」
助席の悠斗が、さく呟いた。
私は団の来客用駐にをめ、エンジンを切った。
「悠斗。りるに、つだけ聞いて」
私はシートベルトをし、息子の顔を見た。
「お母さんはね、今、あなたと佐伯さんの関係を元に戻すためにここに来たんじゃないの。が勝に引き裂いたものを、もう度、あなた自の目で見届けてもらうために連れてきたの。……いい?」
悠斗は真剣な瞳で頷いた。
をり、の喪のがアスファルトを踏みしめてづいていくと、佐伯が弾かれたようにちがった。
りでこちらへ駆け寄り、私たちの数歩で々とをげた。
「美さん……悠斗。来てくれたんだね」
「お久しぶりです、佐伯さん」
私が挨拶を返すと、佐伯の線はすぐに悠斗へと向いた。
背丈が伸び、すっかりらしくなった悠斗の姿を、佐伯は泣きそうな目でい入るように見つめている。
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「悠斗……きくなったな。法事のあとで疲れているだろうに、すまない」
悠斗は唇を噛みしめ、佐伯を見つめ返した。
の斎のように、駆け寄って抱きつくことはしなかった。
ただ、胸ポケットのあたりを握りしめ、静かにっている。
私はのにち、をいた。
「佐伯さん。約束通り、連れてきました。……話してください」
佐伯は背筋を正し、悠斗のに歩みた。
そして、そのに片膝をつき、悠斗と目線のさをわせた。
が子供に対して、からの誠を示すための姿勢だった。
「悠斗。おじさんの話を、ちゃんと聞いてほしい」
「うん」
「おじさんはね……おの拓也お父さんを裏切ったんだ。会社のにをつけて、拓也お父さんが必で作った会社を潰してしまった。おのお父さんが私をり、軽蔑し、度と会うなと言ったのは、全部お父さんが正しかったんだ」
悠斗の瞳が、かすかに揺れた。
「お父さんは、おを守りたかったんだよ。私のような無責任なから、族を守るために、おとおじさんを引きしたんだ。……だからね、悠斗。お父さんを責めちゃいけない。おの本当のお父さんは、最まで派な、おをからしていた父親だったんだ」
佐伯の声は震えていたが、言言が確だった。
言い訳も、美談へのすり替えもなかった。
自分が犯した過ちを、歳のにそのまま差ししていた。
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「でもね……」
佐伯の目から、筋の涙が頬を伝って落ちた。
「おと過ごしたは、嘘じゃなかった。おの補助輪をしたのことも、をしてを握っていた夜のことも、私のので、何つ嘘はなかった。……それだけは、信じてほしい」
悠斗は黙って聞いていた。
をすする音だけが、静かな団の広に響いた。
悠斗はゆっくりとを伸ばし、ランドセルの代わりに胸ポケットに入れていた、あの古びた革のネームタグを取りした。
『YUTO』と彫りされた、さな革片。
「これ……僕、ずっと持ってたよ」
佐伯が目を見いた。
ボロボロになったネームタグを見て、佐伯は両で元を覆い、しゃがみ込んだまま肩を震わせて泣き崩れた。
悠斗はその男の丸まった背を見つめ、静かに言った。
「僕ね、お父さんの法事で、ちゃんとお線あげてきたよ。『お父さん、ありがとう』って言ってきた」
悠斗は歩、佐伯にづいた。
「お父さんがおじさんを嫌いだった理由は、分かった。……でも、僕がおじさんに優しくしてもらったことも、本当だから。僕、忘れないよ」
そして、悠斗は言った。
「ありがとう、誠おじさん」
『誠お父さん』ではなかった。
父親の座を奪うための呼び名でも、者へのあてつけの呼び名でもない。
ただの、自分の幼期を温かく見守ってくれたに対する、正しく、清々しい敬を込めた呼び方だった。
私は佐伯を見ろし、穏やかな声で告げた。
「佐伯さん。拓也はぬまで、あなたを許さなくていい。それは拓也の権利です。でも……悠斗とあなたのいは、本物でした。きているこの子の過まで、拓也のりで消させたりはしません。息子の関係を、私が代わりに終わらせることはしません」
佐伯は涙でぐしゃぐしゃになった顔をげ、何度も、何度も頷いた。
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
吹き抜ける初のが、々の葉をサワサワと揺らした。
者が遺したい呪縛が、音をてて解けていくような覚が、私の胸を満たしていた。