"夫の葬儀で別の男を父と呼んだ息子" 第11話
もし今呼ばなかったら
その夜、病は完全な静寂に包まれていた。
同の患者はすでに退院し、広い部には悠斗と私のきりだった。
点滴スタンドから、規則正しいリズムで薬液が落ちていく。
カチ、カチ、と壁の計がを刻む。
悠斗のは度半までがり、呼吸もずいぶん穏やかになっていた。
枕元には、佐伯が届けてくれたあの昆虫マンガが切そうに置かれている。
私はパイプ子を引き寄せ、悠斗のベッドの脇に座った。
眠っているとっていた悠斗の目が、暗がりのでうっすらといた。
「……お母さん」
「起こしちゃった?」
「ううん。起きてた」
悠斗は細い腕をシーツからし、枕元のマンガの背表に指を触れた。
「……お母さん、ってる?」
「何に?」
「誠おじさんが、これ持ってきたこと」
私は首を横に振った。
「ってないわ。……悠斗、し話せる?」
悠斗はさく頷いた。
私は息子のが引いた額に優しくを当て、ずっとのに澱のように溜まっていた疑問を、できる限り穏やかな声でにした。
「悠斗。あなた、葬儀のに、どうして佐伯さんのことを『お父さん』って呼んだの?」
悠斗の体が、目に見えて張った。
「にも聞いたけど、あなたは普段、あのを『誠おじさん』って呼んでいたんでしょう? 学になってからはずっとそうだったはずよね。なのに、どうしてあの、みんなのであの呼び方をしたの?」
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責める調にならないよう、私は言葉を選んだ。
悠斗を問い詰めるためではない。
この子のので何が起きていたのかを、母親として正しくりたかった。
悠斗はシーツを胸元まで引きげ、じっと井を見つめた。
い沈黙が流れた。
点滴の落ちる微かな音だけが響く、悠斗の目元に、じわりと涙が滲みしてきた。
「……お父さんが、んじゃったから」
掠れた、震える声だった。
「お父さんがきてた頃はね、僕、絶対に言わなかったよ。『お父さん』って呼ぶのは、拓也お父さんだけだって、ずっと決めてた。誠おじさんと話で話すときも、絶対に『誠お父さん』とは呼ばなかった」
悠斗の目から、粒の涙が溢れ、の付け根へと流れていった。
「だって、お父さんがるから。お父さんがしむから。僕にはお父さんがしかいないって、自分に言い聞かせてたんだ。……でもね、あの、斎でお父さんの棺を見たとき、僕、がおかしくなりそうだった」
悠斗はさな両でシーツをぎゅっと握りしめた。
「お父さんがいなくなっちゃったんだよ。もう度と起きてこないんだよ。僕を叱ってくれるお父さんも、キャッチボールしてくれるお父さんも、世界から全部消えちゃったんだ」
胸が張り裂けそうだった。
私は息子のたいを包み込むように握った。
「そしたら……ろのドアのところに、誠おじさんがってた」
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悠斗の声が、激しいしゃくりげに変わった。
「すっごくしそうな顔をして、今にも消えちゃいそうにってた。そのね、僕、急に怖くなったんだ。……もし、今このを呼ばなかったら。もし、今ここで『お父さん』って叫ばなかったら、僕はこののことも、失っちゃうんじゃないかって」
臓を素で掴まれたような衝撃が、私を貫いた。
「拓也お父さんはもういない。僕の本当のお父さんはんじゃった。……でも、誠お父さんもいなくなっちゃったら、僕のさかった頃のいは、全部嘘になっちゃう。自転の練習したことも、見たことも、全部消えちゃう……! だから……だから僕、できなかったんだよ……!」
悠斗は顔を覆い、声を押し殺して泣きじゃくった。
点滴の針が刺さったが激しく震えている。
私は子からちがり、ベッドのの息子を抱きしめた。
細い肩が、壊れそうなほど刻みに波打っている。
「ごめんね、悠斗……ごめんね……」
私は息子の背をさすりながら、自分自も涙を止めることができなかった。
この子は、父親の代わりを探していたのではなかった。
母親を裏切ろうとしていたわけでも、父親を侮辱しようとしていたわけでもなかった。
実の父親を失った底れぬ恐怖ので、自分の幼い記憶の断片を、かつて自分を父親のようにしてくれたもうののを、必で繋ぎ止めようとしていただけだったのだ。
の都で仲違いし、の都で関係を断絶させられ、そしての都で「忠誠」を求められていた。
拓也の顔を窺い、母親である私を傷つけないよう気を遣い、歳の子供が、どれほど孤独な綱渡りを続けてきたのか。
「悠斗、もういいのよ。もう自分を責めなくていいの」
私は泣き続ける息子のを、胸のにく抱きしめた。
拓也が遺した呪縛から、この子を解放してやらなければならない。
母親として、その覚悟が私のので静かに固まり始めていた。