"夫の葬儀で別の男を父と呼んだ息子" 第10話
絶版の昆虫マンガ
翌の昼、悠斗のは度台までがっていた。
点滴の針が刺さったを庇いながら、悠斗は運ばれてきたのお粥を、数だけ喉に流し込んだ。
「ごちそうさま……もうべられない」
「無理しなくていいわ。分だけはしっかり摂ってね」
トレイを片付けようと病のドアをけると、ナースステーションの護師がりでづいてきた。
「田さん、これ……先ほど受付に、悠斗くん宛てでお預かりしたものです」
渡されたのは、茶い袋だった。
差の名はかれていない。
嫌な予がしてを覗き込むと、古びた単本が冊入っていた。
表の端がし擦り切れた、子ども向けの昆虫冒険マンガ。
今から以に発され、とっくに絶版になっている本だった。
に枚だけ、さな付箋が挟まれていた。
『くよくなりますように。 誠』
それだけの、く拙い文字だった。
ベッドに戻り、袋からその本を取りすと、横になっていた悠斗の目がきく見かれた。
「あ……! これ……」
悠斗は点滴の管を揺らしながら、を乗りすようにして本にを伸ばした。
「これ、ずっと探してたやつだ……! 幼稚園の、僕が番好きだったマンガ……」
擦り切れた表をおしそうに撫でる息子の指先を見て、私の胸はチクリと痛んだ。
私には、そのマンガに見覚えがなかった。
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悠斗が幼い頃、どんなキャラクターが好きで、どんな物語にになっていたのか。
仕事に追われ、夜に帰宅して息子の寝顔を見るだけだったあの頃の記憶が、私のからすっぽりと抜け落ちている。
佐伯はっていたのだ。
私がらない息子の宝物を、あの男はずっと覚えていた。
昼過ぎ、悠斗が再び眠りについたのを見計らい、私は病をて話をかけた。
相は、数に訪ねた元経理担当の岡部税理士だった。
佐伯が残していったマンガを見てから、どうしても確かめずにはいられないことがあった。
『ああ、奥さん。悠斗くんの具はいかがですか』
「おかげさまで、し落ち着きました。……岡部先、急なお話で申し訳ありません。どうしても、もうつだけお聞きしたいことがあるんです」
私は病院の庭のベンチに座り、震える指で受話器を握り直した。
「主は……拓也さんは、、佐伯さんのことを本当にただんでいただけなのでしょうか。あそこまで徹底して息子のからあのを消そうとしたのは、単なる裏切りへのりだけだったのでしょうか」
話の向こうで、岡部税理士がいため息をつくのが聞こえた。
『……奥さん。拓也くんが倒れるの、会社の創業期のことです。覚えていますか? 拓也くんが胃潰瘍で吐血して、週ほど入院したことがあったでしょう』
「はい。
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ちげの無理がたたって……」
『あの夜、病に駆けつけた佐伯くんと拓也くんが、きりで話しているのを私は偶然聞いてしまったんです』
岡部税理士の声は、ひどく静かだった。
『拓也くんは点滴に繋がれながら、佐伯くんのを握って、泣きそうな顔でこう言っていました。“誠、もし俺に何かあったら、美と悠斗を頼む。おは、あいつのもうの父親なんだからな”とね』
息が止まった。
庭の々を揺らすの音さえ、瞬でのいた。
『拓也くんにとって、佐伯くんは単なる共同経営者や友以のだったんです。自分の命を預けられる、息子の父親代わりを任せられる唯のだった。だからこそ……』
岡部税理士は言葉を区切り、い調子で続けた。
『だからこそ、佐伯くんが独断で資を流用したとき、拓也くんの絶望は常軌を逸していた。ただの銭トラブルじゃない。“番信じていた片割れに、背から刺された”という激しい憎悪だったんです。拓也くんは佐伯くんを許せなかったんじゃない。佐伯くんをそこまで信頼してしまった、自分自のさを許せなかったんですよ』
受話器を握るが、汗で滑りそうになった。
拓也の遺言のような止め。
『あいつのことは、お母さんには絶対に言うな』
それは、憎しみからまれた言葉であると同に、あまりにもすぎたの、裏返しの傷跡だったのだ。
拓也は佐伯を嫌悪していたのではない。
佐伯というがあまりにもきく息子のに入り込んでいたからこそ、裏切られた痛みに耐えきれず、その記憶ごと世界から切り落とすしかなかったのだ。
私は庭のベンチで、顔を覆った。
の男ので交わされた、すぎる信頼と絶望。
その狭で、番傷ついていたのは誰だったのか。
病で、古いマンガを抱きしめて眠る息子の姿が目に浮かび、私の目から涙がこぼれ落ちた。