"夫の葬儀で別の男を父と呼んだ息子" 第9話
非常階段のたい
悠斗が倒れたのは、学での件からわずかの、肌寒い曜の夜だった。
「お母さん……寒い、息が苦しい……」
暗ので聞こえた掠れた声にね起きると、ベッドので悠斗が激しく震えていた。
額にを当てた瞬、焼けるようなさに息を呑んだ。
体温計の液晶が示した数字は、度分。
首筋のリンパがピンポン球のように腫れがり、呼吸のたびに喉の奥からヒューヒューと苦しげな音が漏れていた。
私は取り乱す暇もなく、タクシーを呼んで夜救急の総病院へと駆け込んだ。
「急性扁桃炎ですね。炎症が気にまで及びかけています。脱もんでいますから、このまま数入院して点滴治療をいましょう」
救急医の静な診断に、私はただ「はい、お願いします」とをげるしかなかった。
児病棟の部にベッドが用され、抗剤の点滴チューブが悠斗の細い腕にテープで固定される頃には、の空がみ始めていた。
解剤の座薬が効いたのか、悠斗は浅い寝息をてて眠りに落ちていたが、その寝顔は痛々しいほど蒼だった。
拓也がきていた頃は、悠斗がをせばで交代で病し、をして病院を探し回った。
「丈夫だ、俺がいるから」
そう言って私の肩を抱いてくれた夫は、もうどこにもいない。
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類の続き、入院費の配、息子の病状、そのすべてが、私の細い肩だけにのしかかっていた。
え切った体を温めようと、私は病をて廊の自販売へ向かった。
温かいお茶の缶を買い、何気なくエレベーターホールの横に目をやったときだった。
非常階段へと続くい防扉のガラス越しに、が見えた。
暗い踊りに、壁に寄りかかるようにしてっている男。
黒いウインドブレーカーの襟をて、落ち着かない様子で何度も踏みをしている。
佐伯だった。
私はお茶の缶を握りしめたまま、音を忍ばせて防扉をけた。
ギィ、と蝶番がきしむ音が響くと、男は弾かれたようにこちらを振り返った。
「……美さん」
佐伯の顔は、疲労と寒さで青ざめていた。
吐く息がく揺れている。
「どうして……どうしてここにいるんですか」
私のたい声に、佐伯は申し訳なさそうに線を泳がせ、に持っていたスマートフォンをポケットにねじ込んだ。
「……夜の頃、悠斗からメッセージが届いたんです」
「メッセージ?」
「『がくて、喉が痛くてにそう』って、だけ……。あの子が持っていた古い端末は、自宅のWi-Fiが繋がっていればメッセージアプリだけは能するんです。すぐに美さんに連絡しろと返信したんですが、既読がつかなくて……配でたまらず、夜救急をやっているこの辺りの病院を軒回って、ようやくここに……」
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声が震えていた。
この男は、息子のたったのメッセージのためだけに、夜のを歩き回って探していたというのか。
だが、私のに湧きがったのは謝ではなかった。
息の詰まるような、激しい拒絶だった。
「帰ってください」
「美さん、悠斗の顔をひと目見るだけでいいんです。病のから、くから見るだけで……」
「駄目です」
非常階段の吹き抜けから、たい隙が吹きげてきた。
私は佐伯との距を歩詰め、まっすぐにその男の目を見据えた。
「悠斗の母親は私です。あの子を守る責任があるのも、あの子のためにをげるのも、私で分です。あなたに配される筋いはありません」
「……私は、ただ……」
「あなたは、拓也さんを裏切ったです。悠斗が幼い頃の記憶にすがろうとするのは、父親をくしてがっているからです。そこに付け込んで、父親のフリをして現れるのは……残酷だとはわないんですか?」
佐伯の顔から、完全に表が消えた。
殴られたような衝撃を必で堪えるように、唇を固く噛みしめている。
「私は……父親のフリをしているつもりはありません」
「じゃあ、何なんですか!」
階段のコンクリート壁に、私の鋭い声が反響した。
「携帯を買い与えて、母親に内緒で連絡を取らせて、夜に病院まで嗅ぎ回って……! それは保護者のやることです。
赤のが踏み込んでいい領域じゃない! あなたのやっていることは、悠斗のためじゃない。自分が拓也さんに許されなかった罪悪を、子供を使って埋めようとしているだけじゃないですか!」
佐伯は息を呑み、力なく両腕を垂らした。
その瞳に宿ったい苦痛を見て、私は自分が言い過ぎたことを自覚した。
だが、度からた言葉を引っ込めることはできなかった。
「……おっしゃる通りです」
佐伯は掠れた声で呟き、く、くをげた。
「申し訳ありませんでした。……境界線を越えていたのは、私の方です。度と、こんな真似はしません」
佐伯は顔をげると、度だけ悠斗の病があるフロアの扉に線を送り、それからい取りで階段をりていった。
コツ、コツ、という音がざかり、やがて完全に消えるまで、私はえ切った踊りにち尽くしていた。
ののお茶は、もうすっかりたくなっていた。