みかん小説
本棚

"出来が良すぎるという理由" 第16話

撤回のサイン

黒澤はパイプ子をろに引き、静かにちがった。

仕ての良いスリーピースの皺を両で払い、ネクタイを締め直す。

その顔からは、ここ数のやつれたが消え、異様なほどの静けさが宿っていた。

「黒澤さん、あなたが説得しなさい」

寺崎が焦りを滲ませて言った。

「神がこんな無茶を言っている以、覚は成しない。あなたの申請通り、神を失格にして羅を繰りげるしか——」

「森常務」

黒澤は寺崎の言葉を完全に無し、正面の森を見据えた。

「私は、提していた神悠斗の参加資格取消申請を、たった今、正式に取りげます」

「……なに?」

森の目が細められた。

同席していた法務部とデジタル統括が、顔を見わせる。

黒澤はテーブルを回り込み、部の隅に置かれていたホワイトボードのへ歩みた。

黒いマーカーをに取ると、い盤面に太い文字でつの名を縦に並べてき殴った。

『 葵(〇・構)』

『黒澤 誠司(〇・構造化/事業失敗)』

『神 悠斗(〇・事業モデル再構築/実装)』

キュッ、キュッ、とマーカーが擦れる乾いた音だけが、息の詰まる内に響き渡る。

黒澤はペンを置くと、振り返って役員たちに向き直った。

「、この企画の最初の——『個が抱え込む余剰リソースの相互融通』という問いをてたのは、当私のチームにいたインターンの葵でした」

広告

森の眉が微かにいた。の記憶が、その脳裏をよぎったはずだ。

「私は彼女のアイデアに興奮し、自分の名で企画をき、役員会に通しました。そして、千万円の赤字をして失敗した。私はその責任をに背負ったつもりでいましたが、それは嘘でした。私はただ、自分の無能さを認めたくないがために、『俺の先なアイデアを会社が理解できなかったのだ』という劇の神話のに、逃げ込んでいただけです」

黒澤の声は、淡々としていた。

しかし、その言言が、自らの過を完全に解体していく痛みを伴っていた。

「神が等獲った、私が本当に耐えられなかったのは、自分のアイデアを盗まれたことではありませんでした。私がに諦め、失敗の言い訳にしてきた体を、入社目のが軽々とび越えて、きた形にして見せたことに対する……ただの嫉妬でした」

部のは、完全な静寂に支配されていた。

寺崎はをけたまま固まり、羅は拳を膝のでく握りしめていた。

黒澤はテーブルに戻ると、森が用した『覚』の端にをかけた。

「ですから、私は統括ディレクターのポストを辞退します。神の企画に、私の名を連ねる資格はありません。そんな恥らずなことをすれば、私はにインターンの名を奪った当の無神経な司と、何つ変わらないになってしまう」

広告

黒澤は胸ポケットから自分の印鑑を取りすと、事に提していた『資格取消申請』の余に、迷いのないつきで赤インクを押し込んだ。

朱肉の鮮やかな赤が、のに刻まれる。

『取済 〇 黒澤誠司』

「最優秀賞は神悠斗のものです。規事業のリーダーも、神がでやるべきだ」

黒澤は印鑑をしまうと、森に向かってく礼した。

「ただし、常務。つだけ条件があります」

森は腕を組み、険しい表のまま黒澤を睨みつけていたが、やがてく促した。

「……言ってみろ」

「この事業の社内、および社向けのローンチリリースにおいて、事業の沿革として以の事実を記録してください。『本事業の根本構は、〇のインターン葵の着と、黒澤チームによる失敗実験の見をベースに、神悠斗が全面に再構築したものである』と」

黒澤は顔をげ、誇りを取り戻したの目で私を見た。

「成功の柄を独占させない代わりに、過の失敗の歴史も隠さない。それが、が社がこの企画に対して払うべき、最限の誠実さです」

森は秒、井を仰いだ。

そして、デスクのの万をに取ると、覚をつに引き裂いた。

「寺崎。コンペの結果を確定させろ。最優秀賞、神悠斗。規事業本部は、来週曜から神をプロジェクトリーダーとして受け入れろ」

森はちがり、ドアへ向かって歩きした。

すれ違いざま、黒澤の肩を度だけく叩いた。

「……黒澤。くだらんを張るのに、もかけるな」

それだけを言い残し、役員たちが部をてった。

残された会議で、羅がゆっくりとちがった。

彼女は私のに歩み寄ると、を差ししてきた。

「おめでとう、神。……悔しいけど、完敗だよ」

「羅……」

「黒澤さんのを被る覚悟まで含めて、あんたが全部引き受けたんだから。事業、絶対コケさせないでよね。コケたら、位の私がいつでもその席を奪いにくから」

羅は微かに笑うと、踵を返して部をてった。その取りには、点の曇りもなかった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: