"出来が良すぎるという理由" 第8話
防音のテストラン
曜の午分。
本社ビル階、部からの盗聴や報漏洩を完全に遮断するための特別プレゼンテーションルーム、通称「防音」。
さセンチを超える扉の向こうには、掛けのオーバルテーブルが据えられていた。
部の隅に、黒澤がっていた。
いつもの仕てのいいスーツだが、ネクタイピンの位置がわずかにがっている。
元には、いファイルが冊だけ。
「黒澤さん」
私が声をかけると、黒澤は私を瞥しただけで、資料から目をさなかった。
「森常務から話は聞いているな」
「はい。ですが、なぜ黒澤さんが引き受けたんですか。私の資格を取り消したいだけなら、こんな茶番に付きう必はないはずです」
黒澤はゆっくりと顔をげた。
その表には、疲労と、それ以にい警戒が刻まれていた。
「ヤマト品のマーケティング部・川さんは、俺がから担当しているクライアントだ。あそこがどれだけ契約条件に厳しいか、おのようなに分かるはずがない。おに任せれば、分で論破されて企画ごと会社から叩きされる」
「私のプレゼンを信じていないんですね」
「信じる理由がどこにある」
黒澤の言葉が終わると同に、い扉がいた。
案内されて入ってきたのは、初老の男性を先にした名のスーツ姿だった。
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ヤマト品の常務執役員兼マーケティング本部・川。その両脇を、法務担当とデジタル推の課が固めている。
部のに、瞬で鋭い緊張が張り詰めた。
「黒澤さん、急に呼びしてすまないね。森さんから、面い若の企画があるから見てくれと頼まれてね」
川が名刺を差ししながら、柔な笑みを浮かべた。
だが、その目は笑っていなかった。広告代理が持ち込んでくる「触りのいい提案」を何百本と見切ってきたの目だった。
「神です。本はよろしくお願いいたします」
私が名刺を差しすと、川は私の肩をチラリと見た。
『第制作部』。入社度の記載はないが、若造であることは目で伝わったはずだ。
照が落とされ、プロジェクターのがスクリーンに投射された。
私のプレゼンが始まった。
最初の分、私は全力で言葉を紡いだ。
現代の若者が抱える「所への諦め」と「見らぬ者との偶発な共への期待」。
阿佐ヶのファミレスで集めたの声、スマートフォンの位置報を利用した直なUI、ポイント還元によるコミュニティの活性化。
川は無表のまま、元のタブレットに線を落としていた。
分が経過した、川の隣に座っていた法務担当の男が、遮るようにペンを机に置いた。
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「神さん、お話は分かりました。非常に今で、響きのいい企画です。ですがね」
男の調は丁寧だったが、内容は刃物のように鋭かった。
「ユーザーで融通しう商品の破損や紛失、あるいは個報の流が起きた、が社のブランド毀損リスクはどう担保されるんですか? 利用規約で『ユーザーの自己責任』と謳ったところで、SNSで炎すれば叩かれるのはプラットフォームの冠を持つヤマト品ですよ。このスキーム、法なグレーゾーンがすぎる」
臓がねた。
「そ、それについては……規約の事同と、通報能によるアカウント止措置を——」
「甘いですね」
法務担当者がたく言い放った。
「本の消費者契約法を舐めないでいただきたい。企業側が免責条項をいくら並べても、プラットフォームを提供している以、民法の法為責任を問われる判例がここ数で急増している。このリスクをクリアできない限り、役員会には文字もげられません」
言葉に詰まった。
喉の奥がカラカラに乾き、スクリーンのいが界をチカチカと刺激する。
徹夜で考え抜いたはずの「現代なスマートさ」が、企業の分い防壁のに、ただの脆いプラスチックのように砕け散ろうとしていた。
沈黙が部を支配した。
秒、秒。
川がさく息を吐き、帳を閉じようとしたそのだった。
「川部」
部の端から、乾いた声が割り込んできた。
黒澤だった。
黒澤はゆっくりとちがり、ホワイトボードのへ歩みた。
黒いマーカーをに取り、迷いのない致で本の直線を引く。
「法務担当の方のご指摘は、完全に正論です。このままの規約では、御社が負うレピュテーションリスクは定で数千万円規模に達するでしょう」
私は息を呑んで黒澤を見た。
を引っ張る気か? こので私の息の根を止めるつもりなのか?
だが、黒澤は続けざまに、淀みないつきでホワイトボードに条項をき殴っていった。
「ですから、本プラットフォームは『直接取引』の体裁を取りません。産総保険の包括特約をバックボーンに組み込み、取引成と同に、回あたり数円のマイクロインシュアランスが自適用される構造にします。引き受けには、井との事交渉枠をすでに確保してあります」
黒澤の掠れた声が、内の空気を変させていく。
「さらに、商品の授受拠点は個宅ではなく、既の提携コンビニエンスストアのロッカースペースを継します。これにより、所の示リスクを完全にゼロ化し、特定商取引法の『通信販売』の定義から除させます」
法務担当者の表が変わった。元の資料をめくる速度ががる。
「黒澤さん、それは……保険会社との包括契約が提になりますよ。ならともかく、うちの規模でそんな特約が通るのか?」
「通ります。、私が類似の実証実験をった際、融庁のノーアクションレター制度を使ってクリアしたスキームの流用です。当の照会文の控えが、当社のアーカイブに現しています」
黒澤はマーカーを置くと、私を顎で指した。
「神。その全弁ので、ユーザーがどうくのか、最のエンゲージメント曲線を川さんにお見せしろ」
私は弾かれたように顔をげた。
黒澤の鏡の奥の目が、「け」と言っていた。
「……はい!」
私はマウスをクリックした。
切り替わったスライドに、ユーザーがリスクなく取引を終えたに発する、コミの波及シミュレーションが映しされる。
黒澤が敷いた頑丈な鉄骨のに、私の作った鮮やかな肉が、完璧に噛みった瞬だった。
プレゼンが終わった、川部はゆっくりと両を叩いた。
「見事だな」
川はちがり、黒澤と私を交互に見つめた。
「正直、最初は若のいつきに付きわされたかとったよ。だが、神くんのユーザーに対する解像度のさと、黒澤さんの徹底したリスクヘッジ。このつが揃っているなら、うちとしても本格な検討に入る価値がある」
川は鞄から帳を取りし、黒澤に渡した。
「来週曜、うちの専務を入れた検討会をセッティングしてくれ。……いい提案だったよ」
扉が閉まり、クライアントの音がざかっていった。
防音のに、私と黒澤のだけが残された。
ホワイトボードには、黒澤のいた赤い枠の法務スキームと、私が投した青いプレゼン画面のが、複雑になりっていた。
どちらが欠けても、このは乗り切れなかった。
その厳然たる事実が、苦しい沈黙となってのに横たわっていた。