みかん小説
本棚

"出来が良すぎるという理由" 第3話

入社員研修テキスト

表彰式は、異例の形で幕を閉じた。

「材のなトラブルにより、最終結果の発表および授賞式はへ延期いたします」

広報担当者が壇でそうアナウンスした瞬、会を埋めた社員たちからどよめきが起きた。

審査員席の役員たちは、苦々しい表で無言のまま退席していった。

何かの先輩社員が、台裏から戻ってきた私と黒澤の様子を巻きに伺っていた。

誰も話しかけてこない。

張り詰めた沈黙が、私の皮膚をちくちくと刺した。

「神、丈夫?」

撤収作業の喧騒の、羅だけが私のそばを通り過ぎる際にを止めた。

彼女のには、準優勝の盾を入れるはずだった空の袋が握られていた。

「……何が起きてるのか、羅はってるのか?」

私が掠れた声で問うと、彼女はの読めない瞳で私をじっと見つめた。

「さあね。ただ、黒澤さんが昼休みにアーカイブから古いバインダーを持ちすのを見ただけ。……神、あんた本当に何も見てないの?」

「見てない」

「そう。ならいいんだけど」

羅はそれ以何も言わず、踵を返して混みのへ消えていった。

その背は、私を信じてもいなければ、疑ってもいない、酷く平の距を保っていた。

その夜、私は終を待たずにオフィスをた。

阿佐ヶの畳のアパートに帰り着くと、スーツを脱ぐ気力すらなく、に直接ノートパソコンをいた。

広告

「どこかで拾った」

黒澤の言葉が、の奥で呪いのように反響していた。

私は本当に、ゼロからあの企画をいついたのか?

机のの気スタンドを点け、過か分のメモ帳、スマートフォンの検索履歴、クラウドに保してある企画のき、ブックマークした記事を、片っ端からき直した。

に実施した、代の単者を対象にした自主ヒアリングのデータ。

にノートへき殴った、既のフリマアプリに対する満点。

に描いた、最初のビジネスモデル図。

そこには確かに、私の考の跡があった。

徹夜でエナジードリンクをみ干しながら、を抱えて絞りした言葉の数々。

だが、見直せば見直すほど、恐ろしい疑が首筋をいがってくる。

この『余剰の相互循環』という発の結節点は、体どこから私のに入り込んできたのか?

ヒアリングの相が言ったのか?

ネットの記事で読んだのか?

それとも——誰かの言葉を、自分のいつきだと錯覚して記憶をき換えてしまったのか?

計の針が午を回った。

考の沼にを取られ、呼吸が浅くなる。

私はちがり、部の隅に積みげられていた段ボール箱を引っ張りした。

入社直の、週にわたる入社員同研修で配られた類の束だ。

広告

「まさか……」

段ボールの底から、青いプラスチックのリングで綴じられた分い冊子を引きずりした。

『入社員業務基礎マニュアル 邦エージェンシー制作局編』

全百ページ。会社の歴史、企画のフォーマット、コンプライアンスの遵守、そして過の代表なクリエイティブ事例が網羅されている。

入社初週に目を通したきり、度といていなかった。

私は狂ったようにページをめくった。

半は、カンヌやACCで賞を獲った輝かしい成功事例ばかりだ。

華やかなキャッチコピー、美しいグラフィック、社会現象になったキャンペーン。

該当する記述はない。

百ページ、百ページ、百ページ。

息が乱れ、で指先を切りそうになる。

そして、巻末のアペンディクス(補資料)に差し掛かっただった。

『第IV章 失敗事例に学ぶビジネスモデルの脆性』

その見しを見た瞬、臓が凍りついた。

ページ数は、百ページ。

のコラム欄。

わずかほどの解説文の横に、センチ方のさな黒の図版が印刷されていた。

『ケーススタディ:インフラ未成熟期におけるCtoCモデルの頓挫例(〇度)』

図のタイトルは削られ、作成者の名も記載されていない。

しかし、そこに描かれていたのは——。

央のサーバーを介さず、つのノードが相互に余剰リソースを補完しう、あの角形の循環図だった。

キャプションには、事務なフォントでこうかれていた。

《※本スキームは、当の通信環境およびユーザーリテラシーの限界により実証実験段階で巨額の損失をし、事業化が見送られた。概の美しさと事業性の乖を示す典型例である》

私は冊子を落とした。

に落ちたマニュアルが、パサリと乾いた音をてる。

見ていた。

私は、確かにこれを見ていたのだ。

入社したばかりの、何つ実務をらなかったあの退屈な研修の最、パラパラと流し読みした数百ページのの角。

記憶の表層からは完全に消えっていた、名もなき『失敗の標本』。

それが、私の脳の底に澱のように沈殿し、半、まるで自分自の純粋な閃きであるかのような顔をして、面に浮かびがってきたのだ。

盗作しようという悪など、爪の先ほどもなかった。

だが、「ゼロから自分がみした」という私の誇りは、今、完全に瓦解した。

私は、あのバインダーので朽ち果てていた黒澤の体から、らずらずのうちに骨を本、拾いげていただけだったのか。

窓のが、青くみ始めていた。

たい朝のが、に転がったマニュアルの百ページを容赦なく照らししていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: