"誰も売るなと育てた父" 第16話
助席のみ
首都速号線から央環状線へと抜ける架のを、夜の澄んだ空気を切り裂いてをらせていた。
フロントガラスの向こうには、京の果てしない夜景が、無数のの粒となって流れていく。
内にはヒーターのいの音だけが響いていた。
助席の父は、仕てろしのスーツの着を脱ぎ、丁寧につ折りに畳んで膝のに置いていた。その節くれだった指先が、布の端を静かに撫でている。
宿をてから分、父も私も、言も言葉を発していなかった。
やがて、荒川を渡るい直線に差し掛かった、父がぽつりとをいた。
「……健太」
「ん?」
「がっかりしたか」
を向いたままの問いかけだった。灯のいが、父の横顔を定期に照らししては、へと連れっていく。
「自分の父親が、あんな卑怯者だったってって……けなくなっただろ」
私はハンドルを握るの力を緩めなかった。嘘をつくことはできなかった。
「……しね」
正直に答えた。
「父さんは、絶対にを傷つけない、くて正しいだって……ずっとそうってたから」
父はく息を吐き、静かに頷いた。
「そうだな。がっかりして当然だ」
「でも」
私はルームミラー越しに、父の膝のにあるスーツの袖を見た。
「父さんがさ、今、あのたちので言い訳をしなかったのは……格好良かったよ。
広告
『俺も辛かった』って言えば、しは同してもらえたかもしれないのに」
父は首を横に振った。
「そんな同を買って何になる。……久美の言った通りだ。俺が何を言おうが、あいつの苦しみが消えるわけじゃない。俺が自分の罪を軽くしたくて、細を弄そうとしていただけだ」
父は窓の、くのの灯りを見つめた。
「父さん」
私は赤信号でをめ、ブレーキを踏み込みながら尋ねた。
「じゃあ、どうして俺に、あんなにしつこく教えたんだ? 学の、学にけなくなった俺に、『自分が弾かれたくないからって、い奴を贄にするな』って……何度も何度も言ったじゃないか」
父はしばらくの、黙り込んでいた。
信号が青に変わり、が再び静かに滑りす。
「……楽にならんからだ」
父のく、い声が、内の空気を震わせた。
「誰かを売って、誰かを指差して笑って……そのしのぎでに入れた居所なんてな、針の筵と同じなんだよ。教で黒田たちと緒に笑いながら、俺の臓は毎、恐怖で破裂しそうだった」
父は膝ののスーツを、ぎゅっとく握りしめた。
「自分を守るために誰かを傷つけるとな、健太。そのので……『度といしたくない』が、増えるだけなんだ」
その言葉のみに、私は息を呑んだ。
「夜、布団に入った。ふとした瞬に、そいつの顔が浮かんでくる。
広告
、度も消えてくれない。酒をんでも、仕事を頑張っても、消えないんだ。……そんな荷物を、おに背負わせたくなかった。それだけだ」
父はそれ以、何も言わなかった。
だが、その横顔には、もう過の霊に怯えるはなかった。、の奥底で凍りついていたは、ようやく駅の跨線を渡り、自分ので現実のべたにりったのだ。
夜零、は練馬の自宅の庫に滑り込んだ。
エンジンを止めると、インパネの青いがすっと消え、内はい静寂に包まれた。
シートベルトをした父が、ドアノブにをかける。
「父さん」
私が呼びかけると、父は振り返った。
私は父の目をまっすぐに見て、言った。
「次からはさ。……こういう話、赤のから聞かせるなよ」
父は瞬、虚を突かれたように目を見張った。
それから、で初めて見るような、し照れくさそうに、しかしからの穏やかさを湛えた笑みを浮かべて、さく頷いた。
「……ああ。そうする」
でをり、え切った夜気のを玄関へと歩いた。
父の背は、相変わらずし丸まっていた。派な英雄でもなければ、完璧な父親でもない。かつて己のさに負け、誰かをく傷つけ、その痛みを抱え続けてきた、ただのの完全な男の背だった。
だが、鍵をけてのへと入っていくその姿を、私はもう、見失うことはなかった。