みかん小説
本棚

"「お前はただの手伝いだ」" 第5話

潮で乱れた髪

午半。事務所の奥にある作業には、すでに枚の写真が額装されてイーゼルにてかけられていた。

黒留袖をに纏い、髪を寸分の狂いもなく結いげた義母の肖像写真だ。

背景は品なのグラデーションに差し替えられ、首元の皺や目元のたるみはデジタル処理で綺麗に消しられている。箔が施されたつ切の級額縁ので、静さんは能面のようにった表でこちらを見つめていた。

「どうだ、千」

修司が満げに顎を撫でながら、額縁の埃を指先で払った。

「の祝いのに、うちの専属写真館で撮らせたやつだ。し加を入れて、創業の未らしい威厳をさせた。これなら商会議所の会やが焼に来ても恥ずかしくない。額も番い黒漆塗りの特注品を用させた」

「それは使えません」

私のい返答に、修司の喉仏がねがった。

「……何だと?」

「静さんの遺言細則、第条。『遺は必ず、本館階の箪笥・段目の茶封筒に入っている写真原版を使用すること』。そう記されています」

私は元のバインダーに挟んだ指示のコピーを示した。

「はあ? あんな古いネガや褪せたプリントが、今の祭壇の型モニターや特つ切額に耐えられるわけがないだろう! 遺は葬儀の顔だぞ。

広告

遺族がどれだけ故に敬を払い、をかけたかを参列者はそこを見るんだ!」

「敬を払うことと、故のの希望を踏みにじることは違います」

私は修司の横を通り抜け、階段をがって旧館階の静さんの居へ向かった。

畳のは、の線と防虫剤の匂いが染みついていた。指示通り、さな桐箪笥の段目をけると、底に枚の茶封筒がテープで留められていた。表には『遺原本 千へ』とだけかれている。

封を切ると、てきたのはつ切の絹目写真だった。

歳の、町内会の伊豆旅で撮られたスナップショットだった。

防波堤のにち、吹きつけるい潮に髪を激しく乱れさせながら、静さんは両を広げて笑いしていた。焼けした顔の目尻には無数のい皺が刻まれ、奥歯まで見えそうなほどをけている。着ているのは着物ではなく、襟元がし伸びたベージュの綿カーディガンだった。

私はその写真を作業へ持ちりた。

「おい、千! まさかそれを使う気じゃないだろうな!」

修司が血相を変えて詰め寄ってきた。背に控えていた真奈美も、呆れたように甲い声をげる。

「嘘でしょう……? 髪もボサボサだし、歯まで見せて笑ってるじゃないですか。こんなの、ちゃんとしたお葬式でしたら参列者に失笑されますよ。

社、絶対にいつもの留袖の写真にすべきです!」

「黙りなさい」

私は真奈美を瞥もせず、つ切の額縁の裏蓋をした。修司が用した加済みの留袖写真を抜き取り、の作業台に置く。そして、潮に吹かれた義母の写真を、枠のへ収めた。

「やめろ、千!」

修司が額縁を奪い取ろうとを伸ばしてきた。

私は半歩を引き、額縁を裏返して、写真の背板を修司の目のに突きつけた。

写真の裏側には、黒の油性マジックで、太い文字が殴りきされていた。

『これがあたしのきてきた顔だよ。

んだにまで、あの子の商売具みたいな能面を被せられるのは真っ平ごめんだ。

修司、おが恥ずかしがろうとったこっちゃない』

修司のが、空でのように止まった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: