"「お前はただの手伝いだ」" 第1話
く褪せたエプロン
ボールペンの先が、微かにを削る音だけが内に響いていた。
緑の枠線で囲まれた片の、妻の欄に私の名をき入れる。歳、倉岡千。き続けてきた苗字を、このでなぞるのもこれが最だった。
「これでいいのね」
顔をげると、応接テーブルの向かい側で腕を組んでいた夫――倉岡修司が、無表に顎をしゃくった。
「ああ。取り決め通り、解決として百万円は今週に振り込む。千、おも納得したでの署名だな」
「ええ」
「言っておくが、会社のにをつけるような真似はするなよ。この倉岡葬儀社は、親父が代で築いて俺が継いだだ。おはそこに嫁いできて、事務や雑務を伝ってくれていただけなんだからな」
伝い。
という歳を、この男はたった文字で片付けた。
夜のに警察から元遺体の引き取り請が入れば、軽バンのハンドルを握って現へったのは誰だったか。
内をくして取り乱す遺族のを握り、朝まで背を擦り続けたのは誰だったか。
しでもく見送りたいと泣きつく暮らしの老夫婦のために、見積からなオプションを削り、修司に「利益率ががる」と鳴られながらをげていたのは誰だったか。
修司の背、社のガラス戸の向こうで、事務机に座る若い女の姿が見えた。
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半に入社した真奈美だ。代半ばの彼女は、昨夜修司のからりてくるとき、私のものと違いの級な傘を差していた。修司の線が、私の首元ではなく、そのガラス戸の向こうへ微かに泳ぐのを私は見逃さなかった。
「分かっているわ。会社の権利なんて、最初からミリも欲しがっていない」
私はちがり、ポケットから真鍮の鍵束を取りした。会館の正面玄関、事務所の庫、霊の通用。指先の油で角が丸くなった本の鍵を、たいガラステーブルのに滑らせる。
それから、首のろで結んでいた作業用エプロンの紐を解いた。
、数え切れないほどの納棺にち会い、何度も漂剤につけて洗い、すっかりく褪せてしまった紺の綿布だ。それをつに折り畳み、鍵の隣へ几帳面に置いた。
「今までお世話になりました」
「……ああ。次のまいが決まるまではウィークリーマンションにでもいろ。それと、もう従業員や入り業者に余計な連絡はするなよ。ここはおとはもう、何の関係もない所なんだから」
修司は度も私の目を見ようとせず、婚届を黒い革のファイルに挟み込んだ。
事務所をると、初のたいが頬を刺した。分の私物は、段ボール箱つとボストンバッグつに収まった。
軽トラックの助席に荷物を積み込み、築、賃万千円の造アパートへと向かった。
畳の部には、備え付けの裸球がつぶらがっているだけだった。
畳のに段ボールを置き、埃っぽい空気のでコートを脱ぐ。
携帯話を取りし、マナーモードに設定してから、畳の隅に画面をにして置いた。
もう、誰かのをらせるベルに怯えて夜にび起きる必はない。からは、ただの千として、どこかのスーパーのレジ打ちでも探してきていけばいい。
そう自分に言い聞かせ、い煎餅布団に横たわった。
眠りに落ちかけた午過ぎ。
静まり返った部の隅で、伏せられた画面が、激しい振と共にのでく点滅を始めた。