"学年五位の二浪息子" 第16話
呑み込んだ言
職員のは、ストーブの気と朝の慌ただしさに包まれていた。
「おはようございます、佐伯さん。直くん」
森脇先が、教卓の奥から笑顔でちがった。事務机のには、すでに各への願類式が広げられていた。
「願、持ってきてくれたね?」
直は持参した封筒から、折り目のない綺麗な調査票を取りし、両で森脇先に渡した。
先は鏡を押しげ、第志望の欄に目を落とした。
『県等学 普通科』
森脇先の表が、ふっとらいだ。
「だね。うん、直くんなら何の問題もない。トップクラスで格できるよ。に入ってから、特クラスの選抜もあるけど、どうする?」
「普通クラスでいいです」
直は即答した。
「写真部に入りたいので」
「そうか。の写真部は、県会でもよく入賞してるからね。いい選択だとうよ」
森脇先は赤ペンを置き、保護者捺印の欄を指差した。
「では、お母さん。ここに最終確認のサインと印鑑をお願いします。これをしたら、もう志望の変更はできませんからね」
朱肉のケースが、机のにカチリと置かれた。
私はバッグから、認印を取りした。
製のさな印鑑。これを押せば、すべてが終わる。もうの文字を見ることも、夜の自習に怯えることもなくなる。
だが、朱肉に印面を押し当てた瞬――私の臓の奥で、黒い棘のようなが、ちくりと疼いた。
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(本当に……いいの?)
悪魔の囁きのような疑が、喉元までせりがってきた。
偏差値。に受かるだけの実力。
もし今、私が「直、本当に悔しない? やっぱりに挑戦してみない?」と言ったらどうなるだろう。
あの子は、もしかしたら、また私の顔を伺って「……うん」と答えてしまうのではないか。
母親のプライド。
「うちの子は、難関私に受かる器だったのに」という、醜い未練。
元が微かに震えた。喉がカラカラに渇き、唇がさくこうとした。
『直、本当に……』
その、横にっていた息子の横顔が目に入った。
直は、机のの類をじっと見つめていた。その顔は、かつての怯えた子供の顔ではなかった。自分ので、自分ののスタートラインにとうとしている、の青の顔だった。
(呑み込みなさい)
私は奥歯をく噛み締めた。
舌の根元に力を込め、喉までかかったその呪いの言葉を、胃の底へと無理やり押し戻した。
『本当に悔しない?』
その言葉は、親のを子供に押し付けるための、最も卑劣な暴力だ。
悔したっていいのだ。
回りしたっていいのだ。
自分で選んだで転んだ傷なら、この子は自分の力でちがることができる。それを奪う権利など、親である私にすら、ミリたりともありはしない。
私は息をく吐きし、迷いを断ち切るように、い用に印鑑を押し付けた。
トン、と。
朱の丸い印が、息子の名の隣に、くっきりと刻まれた。
「よろしくお願いします」
私は顔をげ、森脇先にをげた。
直が、驚いたように私を見た。私が何かを挟むのではないかと、構えていたのかもしれない。
私は息子の目を見て、ただ、さく微笑んで頷いた。
直の元が、ふわりと緩んだ。
職員をると、廊にはもう先の姿はなかった。
窓から差し込むの差しが、たいリノリウムのを真っに照らしていた。
「お母さん」
へ向かう渡り廊で、直が私の半歩を歩きながら言った。
「お腹すいた。帰り、コンビニで肉まん買っていい?」
「いいわよ。つ買いましょう」
並んで歩くが、の面にく伸びていた。