"学年五位の二浪息子" 第15話
受かることはっている
の暗い廊に、窓ガラスを揺らすの音だけが響いていた。
先は、確信に満ちた目で直を見つめていた。これまでの、こうして語りかければ、直は必ず従順に頷いてきたからだ。
「先」
直が、ゆっくりとをいた。
その声は震えていなかった。く、よく通る声だった。
「……何だい?」
「先は、僕が……失敗するのが怖くて、逃げそうとしてるってってますよね」
先の眉が、わずかにピクリといた。
「当然だろう。は誰しも、度も壁にぶつかればがすくむ。だが、その恐怖を乗り越えてこそ――」
「違います」
直は静かに、先の言葉を遮った。
まれて初めて、息子がの言葉を力く否定した瞬だった。
直は線を逸らさず、先の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳の奥には、張り付いていた怯えも、自嘲のもなかった。
「僕、受かることはっています」
先が、呆然と息を呑んだ。
「え……?」
「僕がを受けたら、今は確実に格できること。自分の学力が、そこまで届いていること。ちゃんと、分かっています」
先の顔から、血の気が引いていくのが見えた。
「っているなら……なぜだ! 格できると分かっていて、なぜわざわざの学へく必がある!? 君にはその権利があるんだ! 選ばれた才能があるんだよ!」
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先の調が、初めて荒くなった。焦燥が、その端正な顔を歪めていた。
「権利じゃありません」
直は首を横に振った。
「先にとっては、才能があるなら、それを使わなきゃいけないのが『正解』なのかもしれません。でも……僕は、自分が受かるってっているからこそ、もうきたくないんです」
「何を言っているんだ……訳が分からないよ……」
「僕が本当ににきたかったのは、の最初のだけでした。あの黄い目標カードをいただけです。あのは、先に褒められるのが嬉しくて、自分が特別なになれるような気がして、楽しかった」
直は歩、先に向かってを踏みした。
「でも、度落ちてから……先の顔を見るのがずっと苦しかった。僕の点数ががるたびに、先は嬉しそうにするけど、それは僕を見てるんじゃなくて、僕の『才能』を見てるだけだったから」
「そんなことはない! 私は君自を――」
「僕が胃を痛めて吐いた、先はなんて言いましたか? 『もっとくなれ』って言いましたよね。僕が疲れたって言った、『ここで逃げたら悔する』って言いましたよね」
直の言葉は、まるで静かにるのように、先の元に積もっていった。
「先は、僕がどこまでくべるかしか興がなかった。僕が息苦しくて倒れそうになっていることなんて、度も見てくれなかった」
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「直くん……」
「僕は、自分の才能を証するためだけにへくんじゃないです。自分のの良さを誰かに自するために、きてるんじゃないです」
直はに持った封筒を、胸のに引き寄せた。
「僕は、にきます。あそこの古い図で本を読んで、放課は写真部で、の写真を撮りたいんです。誰の役にもたないかもしれないし、先から見れば無駄なかもしれないけど……僕は、そういうを過ごすために、になりたいんです」
完璧な沈黙が、廊を支配した。
先は、を半きにしたままち尽くしていた。
「能力があるのにやらないのは逃げだ」というロジックで、先は直を縛り続けてきた。だが直は今、「能力があることを認めたで、それを使わない」を自分の志で選択したのだ。
それは、先がこれまで築きげてきた教育論のどこにもしない、初めて突きつけられた『個の尊厳』だった。
「……先」
直は々とをげた。
「勉の面さを教えてくれたこと、僕を信じてくれたこと。本当に、ありがとうございました」
それは、決別だった。
怨嗟でもりでもない、謝を込めた、絶対な拒絶。
直はをげると、度も振り返ることなく、職員の引き戸にをかけた。
ガラガラ、と。
乾いたアルミの音が響き、息子は迷わず、の差す職員のへと入っていった。
先は元のいクリアファイルを抱えたまま、微だにできず、その背を見送っていた。