"学年五位の二浪息子" 第5話
なんでもいい
線で消された「県」の文字を見てからというもの、私の胸の奥にはたい鉛のような塊が居座り続けていた。
あの夜以来、私は直ので「先」の名をすのをやめた。
朝の卓。トーストをかじる息子の向かい側に、私は昨図館とを回って集めてきたの案内パンフレットを置いた。
のような超難関ではない。通学圏内にある、ごく普通の公や堅の私のものだった。
「直。これ、があるときにパラパラ見てみて。だけがじゃないから。制も、部活も、学ごとに々あるみたいよ」
直は線を落とした。パンフレットの表に写る、笑顔で自転を押す同代のたちを、まるで劇薬でも見るかのようにじっと見つめている。
「……何でもいいよ」
ぽつりと、掠れた声が返ってきた。
「何でもいいって、あなたのよ? しでも楽しそうだなとか、ここなら通いやすそうだなとか、そういうのあるでしょう?」
「本当になんでもいいんだ。お母さんのかせたいところでいい」
直はトーストのを残したまま席をち、器をシンクに運んだ。
その背を見て、私は言いようのないに襲われた。
それは選びに限った話ではなかった。
夕方、スーパーの惣菜売りから話をかけたもそうだった。
広告
「直、今の晩ご飯、ハンバーグと焼き魚、どっちがいい?」
『なんでもいい』
休に、切らしかけていたノートを買いすために文具へ連れしたもそうだった。
「シャープペンの芯、0・5ミリと0・3ミリ、いつも使ってるのどっちだっけ?」
『どっちでもいい』
「どっちでもいいわけないでしょ。使いやすい方を選びなさい」
そう促すと、直は棚のでち尽くし、分以もつのパッケージを交互に見つめ続けた。
そして、私の顔を伺うように、恐る恐る指を伸ばした。
「……じゃあ、い方で」
られたくない。違えたくない。
相が何を望んでいるのかを先に推し量り、それ以の自分の欲求をすべて切り捨ててしまう。
かつての直は、こうではなかったはずだ。
学の頃は、公園にけばだらけになるまで虫を追いかけ、夕飯にた唐揚げの最の個を巡って私と本気でジャンケンをしていた。負ければ悔しそうに唇を尖らせていた。
いつから、この子は自分の「好き」や「嫌い」をにしなくなったのだろう。
リビングのテーブルのに放置されたパンフレットの束。
直はその冊もこうとはしなかった。
ただ、与えられた選択肢のにち尽くし、誰かが「正解」を指定してくれるのを、怯えながら待っているようだった。