"学年五位の二浪息子" 第2話
夕のめた噌汁
アパートの玄関をけると、狭い廊の奥から鉛をらせるい音が聞こえていた。
「ただいま」
声をかけても、返事はない。いつものことだった。
脱いだ靴を揃え、台所につ。昨晩の残りの噌汁を鍋で温め直そうとしたが、をつける気力が湧かず、そのままを止めた。
リビングの引き戸をけると、直が机に向かって背を丸めていた。
し伸びた黒髪。くなった肩。歳になるというのに、学の頃の頼りなさをそのまま引きずっているような、痛々しい背だった。
「直、ご飯にする?」
直はペンを止めず、背を向けたままく答えた。
「あとでいい」
「しでいいから、温かいうちにべなさい。学にって、調査もらってきたから」
「……そこに置いといて」
机のに積まれた、何冊もの分い問題集。どれもの赤本や、難関学受験用のハイレベルな参考ばかりだ。ページは垢で黒ずみ、角は擦り切れている。
この、この子は朝から晩まで、この机にしがみついてきた。友達と遊ぶこともなく、スマホを見ることもほとんどなく、ただひたすら、先から課される膨な課題をこなすためだけに呼吸してきた。
私はパイプ子を引き、直の真横に座った。
机の隅には、先週受けたばかりの駿台模試の成績表が無造作に伏せられていた。
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「直」
「……何?」
「今ね、森脇先とお話ししてきたの」
直のが、ぴくりとねた。シャープペンの芯が、のでさく折れる音がした。
「の統模試の記録、見せてもらったわ。あなた、学で番以内だったのね。県のなら、余裕で受かってたって」
部のの空気が、瞬で凍りついたようにくなった。
壁の掛け計の秒針が、カチ、カチと無質な音を刻む。直は折れた芯を払おうともせず、ただのノートを見つめていた。
私は膝ので指をぎゅっと握りしめ、喉の奥から絞りすように聞いた。
「あなた……自分が、本当はどこでも格できる点数を取ってたこと、ってたの?」
直はかなかった。
否定してほしかった。「そんなの嘘だ」「何かの違いだ」と、いつものように困ったように笑ってほしかった。もしそう言ってくれれば、すべては学側の違いで、先を疑う必なんてなくなる。
だが、直のから漏れたのは、乾いたさな吐息だった。
「……ってたよ」
息が止まりそうになった。
「ってた……? どうして……」
声が震えた。
「ってたなら、どうして言ってくれなかったの? 、の次募集も落ちて、私たちがどれだけ……! あなた、あの胃痙攣を起こして救急で運ばれたじゃない! 私、自分のパート代がりないから、あんたに無理をさせてるんだとって、けなくてにたくて……!」
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私の声が荒くなるにつれて、直の体がさく縮こまっていく。
彼はゆっくりと顔をげた。その瞳には、涙もりもなかった。ただ、底のれない疲労と、何かに怯えるようなだけが張り付いていた。
「ってたけど……どうしようもなかったんだ」
「どうしようもないって何よ! を受けていれば、あなたは今頃、普通のとして笑ってたのよ!? 先に騙されてたの? 先があなたを脅したの!?」
私がちがり、直の肩を掴もうとした瞬だった。
直が、弾かれたように私の首を掴んだ。
骨が軋むほどのい力だった。直の青い顔が、恐怖で歪んでいた。
「お母さん、お願いだから」
「直……?」
「先のところには、かないで。絶対に聞きにったりしないで」
願だった。
られた子供が許しを請うような、必の懇願。
「どうして……? 先があなたに嘘をついて、も止めしたのよ!? 文句を言って当然じゃない!」
「違うんだ」
直は首を激しく横に振った。唇から血が滲むほどく噛み締めながら、掠れた声で言った。
「先は悪くない。僕が……僕が悪いんだ。だから、お願いだから先を責めないで……」
息子は私から線を逸らし、机に突っ伏した。
なぜ被害者であるはずの息子が、嘘をついていた教師を庇うのか。
その異常な景に、私の背筋をたい悪寒がいがっていった。