"八年分の源泉徴収票" 第15話
助席から見送る曜
から、曜のしい常が始まった。
毎週曜の午、私はで練馬の母のへ向かう。
玄関をけると、母はすでに用のカーディガンを羽織り、さな提げバッグを膝に乗せて玄関の子に腰掛けていた。
バッグのには、あの隅が擦り切れた黒い皮のノートと、使い慣れた老鏡が入っている。
「お待たせ。こうか」
「すまないねぇ、恭子。送ってもらって」
私は母の体を抱えげようとはせず、母が自分のペースで杖をつき、の助席に乗り込むのを、ドアを押さえながら静かに待った。
内では、のない話をした。
根の値段ががったこと。庭の寒椿の蕾が膨らんできたこと。
決して「体調は丈夫?」「疲れてない?」とは聞かなかった。それは、母をにさせ、自分が監されているとじさせる言葉だとったからだ。
のある田区までは、環を通って分ほどかかる。
町の建ち並ぶ通りに入り、カタオカ精のプレハブ事務所のにを止めた。
以の私なら、からりて母のを引き、階の事務所まで付き添い、葵さんや夫に「母をよろしくお願いしますね、無理させないでくださいね」とを押していただろう。
だが、私はシートベルトをさなかった。
「着いたよ」
「ありがとう。
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じゃあ、半にお願いね」
母はさく頷き、自分でドアをけてにた。
を引きずりながら、でしっかりと杖を突き、階段のすりを握りしめて、段段、自分の力でがっていく。
そのさく丸まった背を見つめながら、私は運転席でじっと息を潜めていた。
助けしたい衝が、何度も喉元までせりがってくる。
だが、その背は、誰の助けも求めていなかった。
母は今、娘の庇護にある「齢者」ではなく、自分の責任を果たすために職へ向かう「労働者」の顔をしていた。
事務所のドアがき、から葵さんの声が漏れ聞こえてきた。
「雅子さん、お待ちしてました! 先週教えていただいた潟の件、データ入力できました!」
「ああ、葵さん。寒かっただろう。今もよろしく頼むよ」
ドアが閉まり、の姿が見えなくなる。
私はく息を吐き、のエンジンを切り、文庫本をいた。
半、事務所ののコインパーキングで待つのが、私のしい役目だった。
窓のを見げると、階の窓際に、並んで机に向かうつのが見えた。
母が指を差し、葵さんが頷きながらパソコンを叩いている。
折、母が何かを指摘し、葵さんが慌ててノートをくのがシルエットで分かった。
そこには、嘘も施しもなかった。
老いていく者が、若い世代へと自分の恵を渡していく、厳粛で美しい仕事の景がそこにあった。
半のチャイムが鳴ると、母が階段をりてきた。
その顔にはらかな疲労のが滲んでいたが、に乗り込んできた母の瞳には、かつて見たことのない誇らしげなが宿っていた。
「今はね、昭の条の問さんの特殊ネジを、全部紐づけられたよ」
母がシートベルトを締めながら、し誇らしげに言った。
「そう。よかったね」
私は微笑み、静かにアクセルを踏んだ。
それ以の詮索はしなかった。母の仕事は、母のものだった。