"八年分の源泉徴収票" 第13話
母さんに決めさせて
母が護師に付き添われて病へ戻ったあと、私は夜の帳がりた病院のロビーで、修司を待っていた。
自ドアがき、作業着のにジャンパーを羽織った修司が入ってきた。
目のには濃い隈ができ、歩く姿には隠しようのない疲労が滲みている。
「恭子。お義母さんの様子はどうだ? 夕方、し取り乱したって護師さんから連絡があったけど……」
私はちがり、夫の顔をまっすぐに見つめた。
「修司。に導入するシステムのことだけど」
修司の表が瞬で張った。
「……聞いたのか」
「昼、あなたが話で話してるのを聞いちゃったの。お母さんにも……聞かれてたわよ」
「なっ……」
修司が絶句し、元を押さえた。
「お義母さんが……聞いてたのか? 全部?」
「ええ。あなたが夜に自分の伝票を直してたことも、システムを入れて、お母さんに気づかれないように辞めさせようとしてたことも」
修司はがっくりと肩を落とし、ロビーのビニールベンチに倒れ込むように座った。
両で顔を覆い、指の隙から苦しげな吐息を漏らす。
「……そうか。バレちゃったか。最悪だな、俺は」
「修司」
「でもさ、恭子。もう限界なんだよ」
修司は顔をげないまま、押し殺した声で言った。
「今回の松岡業の件で、うちの現の連もピリピリしてる。『いくら社の内でも、もう現の図面に触らせないでくれ』って、からも突きげをらった。
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会社の続がかかってるんだ。これ以、お義母さんに気遣いだけで仕事を回す余裕は……うちにはないんだよ」
それは、経営者としての、紛れもない現実の言葉だった。
「お義母さんを傷つけたくなかった。でも、もうの台帳を作業でめくる代じゃないんだ。全部データ化して、誰でもワンクリックで検索できるようにしなきゃ、うちはき残れない。だから……お義母さんが退院するまでに、全部終わらせておくつもりだったんだ。『システムが変わったから、もうお義母さんの仕事はなくなりました。今までありがとう』って、綺麗に終わらせるのが、俺にできる最の優しさだとってたんだ」
「違うよ、修司」
私の声は、自分でも驚くほど静かで、確かなみを持っていた。
修司が驚いたように顔をげた。
「恭子……?」
「それ、優しさじゃないよ」
私は夫の隣に腰をろし、その疲れた横顔を見つめた。
「それはね、私たちが傷つきたくないから、お母さんから『選ぶ権利』を奪ってるだけ。お母さんを子供扱いして、を撫でて、お菓子をあげて、何も言わずに部から追いそうとしてるだけだよ」
庭での母の叫びが、今も私のの奥で激しく鳴り響いていた。
『きている証を、度とさせてもらえない所』。
「私も、ずっと同じことをしてきた。お母さんのためだって言いながら、お母さんが転ぶのを先回りして全部排除して、お母さんから自分のを自分で決める権利を奪ってきたの」
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私の目から、筋の涙が頬を伝って落ちた。
「でもね、修司。もうやめよう。お母さんは、私たちがっているよりずっと、自分が老いていく現実をちゃんとってる。怖がりながら、それでも必にとうとしてる」
私は修司の作業着の袖を、ぎゅっと握りしめた。
「嘘をついて、でシステムを変えて、事報告で辞めさせるのだけは絶対にやめて」
「じゃあ……どうするんだよ。会社にはもう、お義母さんの居所はないんだぞ」
「ちゃんと話そう」
私は言った。
「会社の本当の状況を、全部お母さんに話して。システムが変わること、もうきの台帳はいらなくなること、現がお母さんの違いを恐れていること……全部、隠さずに話して」
修司は目を見張り、息を呑んだ。
「そんなの……お義母さんには残酷すぎるだろ!」
「残酷でも、それが仕事でしょう?」
私はまっすぐに修司の目を見つめ返した。
「お母さんが欲しかったのは、族のおままごとじゃない。のとして、対等に扱われることだったの。辞めるのか、それとも別の形で関わるのか……どうやって退するのかは、お母さん自に決めさせてあげて」
修司は息を呑んだまま、けなくなっていた。
やがて、その張っていた肩から、ゆっくりと力が抜けていった。
「……お、本当に変わったな」
「変わらなきゃいけなかったのよ。
も遅すぎたくらい」
病棟を見げると、階の病のかりが、夜ののにさく灯っていた。
あの部で、母は今も、自分のプライドの破片を抱きしめて震えているはずだった。
私はもう、母の代わりに答えをしたりはしない。
母が自分ので、自分のの幕の引き方を決めるその瞬を、ただ隣で見届けるのだ。