"八年分の源泉徴収票" 第12話
失敗する権利すら奪われて
母は押し返したを自分の膝に戻し、く息を吸い込んだ。
その瞳から、粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
歳の母が、私ので声をげて泣く姿を、私は父がんだですら見たことがなかった。
「恭子。おは優しいよ」
母の声は震えていた。だが、その言葉は刃のように研ぎ澄まされていた。
「本当に、親孝な、自の娘だよ。誰に聞かせても、羨ましがられるようないい子だ」
「お母さん……」
「でもね、恭子。おのその優しさが……私を殺すんだよ」
を鈍器で殴られたような衝撃に、私は息を呑んだ。
「……え?」
「おは、私から全部奪っていくんだ」
母は涙を拭おうともせず、まっすぐに私の目を見据えた。
「修司さんの会社でね、私が番号を違えたら、葵さんは困った顔配をする。修司さんはを抱える。会社には損害がる。……それはね、恐ろしいことだよ。胃が痛くて、夜も眠れなくなるくらい怖いことだよ」
母の節くれだったが、自分の胸元をぎゅっと掻きむしった。
「でもね、そこには『仕事』があるんだよ。私はられて、謝って、必でやり直さなきゃいけない『の』として、あの所に座ってるんだよ。そこでは私は、誰かと対等な社会のにいるんだ」
夕陽が沈みかけ、庭の々がいを落とし始めていた。
「でも、おのでは違う」
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母の声が、痛な響きを帯びて私の胸を抉る。
「おのでは、私は度だって失敗することを許されないんだよ」
「そんなこと……私、お母さんを責めたことなんて度もないじゃない!」
「そうだよ! 責めないんだよ、おは!」
母が叫んだ。その掠れた叫び声が、庭の静寂を引き裂いた。
「私が台所でお皿を枚割ったら、おはなんて言う? 『危ないから触らないで、私が片付けるから座ってて』って、優しい顔で言うだろう!」
私の臓が、たい氷で握りつぶされたように縮みがった。
「鍋を焦がせば『事は危ないから、もう煮物は私が作って持ってくるね』って言う。病院の予約を違えれば『お母さんには難しいから、次からは私が全部管理するね』って言う。……おは絶対にらない。ただ、なものを見るような目で、くため息をついて、私のから具を取りげるんだ!」
私は言葉を失い、いたが塞がらなかった。
全部、覚えていた。
私が「母を気遣って」「親いの娘として」かけてきた、無数の言葉たち。
「おはそうやって、私の失敗を全部『老い』として片付けて、私の役割をつずつ、綺麗に奪っていったんだよ。おので何かを違えたら、次はもうそれを度とやらせてもらえなくなる。それが……どれほど恐ろしいことか、おに分かるかい!?」
母の涙が、膝ののズボンに黒い染みを作っていく。
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「私はね、ただをとって、何もできなくなって、おに養われて、おに『ありがとう、すまないねぇ』ってペコペコをげながらんでいくのが嫌だったんだよ! まだ誰かの役にちたかった。失敗したら謝って、自分でケツを拭いて、自分ので考えてきていたかったんだよ!」
庭を吹き抜けるが、私の頬をたく叩いた。
「おがくれる穏やかな暮らしはね」
母は絞りすように言った。
「私にとって、『もう頑張らなくていい全な所』なんかじゃないよ。『きている証を、度とさせてもらえない所』なんだよ」
私はそのに縫い付けられたようにけなかった。
私が、母に与えてきたもの。
それは「」などという美しいものではなかった。
母を無力な者として囲い込み、自分の庇護に置くことで、「優しい娘である自分」に満するための、残酷な支配だったのだ。