"夫が届出た私の失踪" 第14話
「妻がいなくなった」の正体
健の言葉が、たい麦茶の表面を揺らすように落ちてきた。
「浮気のほうがマシ……?」
「そうだ」
健は自嘲気に元を歪めた。
「男ができたんなら、鳴り込んで、相を殴りつけて、慰謝料を取るなり婚するなり、わかりやすい決着がつけられる。俺にりないものがあって、あいつが所でそれを埋めたんだって、自分を納得させることもできる」
健は両で顔を覆い、く息を吐きした。指の隙から、濁った声が漏れる。
「でも、おが求めてたのは、男でもでもなかった。ただ……俺のいない空だった。奈津も、俺も、族の誰のも届かない所で、でおにぎりをうだったんだろ」
私は何も言えなかった。
反論の余などなかった。健の言う通りだったからだ。
「おは、この部で何をしてたんだ」
顔をげた健の目は、充血して赤かった。
「ここで何も、で何をしてた?」
「……何もしなかったわ」
私は自分の膝を見つめたまま、正直に答えた。
「スマホの源を切って、畳のに寝転がって、の音を聞いてた。文庫本を読んだり、ぼんやり井の目を数えたり……それだけよ。になったら鍵をかけて、急いでに乗って、に帰った。『今、棚卸しで遅くなっちゃって』って、あなたに嘘をつきながら」
「どうして……どうして俺に言わなかった」
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健の声が、しずつを帯びてくなっていった。
「『になりたい』って、どうして言言わなかったんだ! 毎週曜に嘘をついて、俺の顔を見て笑って、夕飯を温め直して……お、どんな顔して俺と緒にいたんだよ!」
「言えるわけないじゃない!」
私の喉からも、張り詰めていた叫びが迸りた。
「『あなたと顔をわせるのが息苦しいから、曜の夜だけ別の部にいたい』なんて、連れ添った夫に言えるとう!? 言ったらあなたが傷つくのは分かってた! るか、無理して優しくするか、どっちかに決まってるじゃない! 私はその相をするエネルギーすら残ってなかったのよ!」
狭い畳に、私の荒い呼吸だけが響いた。
音が層くなり、窓ガラスをパラパラと激しく叩く。
健は唇を噛み締め、悔しそうに拳を畳に押し当てていた。
「じゃあ……聞かせてよ」
私は震える声で、健に詰め寄った。
「あなたはなんで、警察にったの? 私がここにいるのをっていながら、どうして『妻が曜からいなくなった』なんて嘘をついたの?」
健の肩が、びくりとねた。
「虚偽の通報よ。警察の、私のこと狂を見るような目で見てたわ。私がどれだけ惨めで、怖かったか分かる!? どうしてあんな真似をしたの!」
健は顔を背けた。
タタキに置かれた自分の革靴を見つめたまま、い沈黙が流れた。
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やがて、健が絞りしたのは、聞くに堪えないほど無様で、々しい本音だった。
「……おが、本当に消えたからだよ」
「え……?」
「あの曜の夜だ。すき焼きをった夜」
健の線が、ゆっくりと私に戻ってきた。
「俺は、会社の話をしようとした。来からの組織改編で、俺のポストがなくなるかもしれないって……方の営業所にばされるか、期退職を促されるかの瀬戸際だって、おに相談したかったんだ」
を鈍器で殴られたような衝撃がった。
組織改編。期退職。
あの曜の夜、健が言っていた言葉の真を、私は今になって初めて理解した。
「でも、おは元のスマホばかり見てた。『変ね』って言ったけど、目は度も俺を見なかった。ここにあらずで、相槌を打つ械みたいだった」
健の瞳から、筋の涙が頬を伝って零れ落ちた。
「俺は目のに座ってるのに、おの識は完全に別の所にあった。あの、確信したんだよ。ああ、この女ののからは、俺というはとっくに消え失せてるんだって」
健はの甲で乱暴に涙を拭った。
「翌の曜、おはまた当たりの顔をしてパートにて、夜になっても帰ってこなかった。俺は半にに帰って、真っ暗なリビングに座ってた。その、のが真っになったんだ」
「健……」
「悔しかったんだよ」
健は歯をいしばり、醜く顔を歪めた。
「おが俺を透みたいに扱うなら、俺だっておをこの世から消してやるってった。誰かに言いたかったんだよ。『俺の妻はもう、どこにもいないんだ』って、公の所で認めてほしかったんだ! 俺がで取り残されて、惨めに怯えてるってことを、おにも、世にも、いらせてやりたかったんだよ!」
それは、の男の言葉とはえないほど幼稚で、勝で、そしてれな叫びだった。
でも、その歪んだ悪の根底にあったのが、私に対する底れない恐怖と孤独だったことが、痛いほど伝わってきた。
健は私を罰したかったのではない。
ただ、自分が捨てられたという事実に耐えきれず、子供のように駄々をこねて、警察の机に縋り付いただけだったのだ。