"夫が届出た私の失踪" 第9話
万千円の郵便受け
さんから渡されたメモを握りしめ、私は鷺沼きの急にび乗っていた。
がのある駅からわずか駅。急なら分もかからない隣町だ。
駅には奇麗なスーパーやが並び、私が曜に通っているあの暗い裏のアパートとはまるで空気が違っていた。婚の若い夫婦や、私の制を着た子供たちが改札を抜けていく。
坂を分ほど登った宅の角に、そのマンションはあった。
築ほどの、入れのき届いたタイル貼りの階建て。オートロックのエントランスの脇に、然と並んだ集郵便受けがあった。
『403』
さんのメモにあった部番号のにつ。
ダイヤル式の郵便受けの投函には、テプラで作られたいテープが貼られていた。
そこには、見慣れた朝体で、さくこう印字されていた。
『佐藤』
指先がたく凍りついた。
本当に、あったのだ。
健が毎、万千円を払って確保していた、私からも奈津からも隠された部が。
郵便受けの隙からを覗き込んだ。
ピザのチラシが枚と、局からの栓通の圧着ハガキが通だけ入っていた。気もも、とっくに通している。
ただ、の類は切ない。ここには誰の活も届いていないのだ。
オートロックの自ドアのにち、インターホンのテンキーで『403』を押しかけた。
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だが、指が震えてボタンを押せない。
押して、もし健がインターホン越しに「誰だ」と答えたら、私は何と言えばいいのか。
『どうしてこんな部を借りたの』と詰問する資格が、私にあるのだろうか。
郵便受けのチラシは、投函からあふれるほど溜まってはいなかった。
つい、に、誰かがを取りしたような気配がある。
曜に姿を消した健は、今、このの階の部に潜んでいるのか。それとも、ここすらも通り過ぎて、さらにい所へってしまったのか。
見げると、階のベランダには洗濯物の枚も干されていなかった。
のカーテンが、隙なく引かれているだけだった。
その、ポケットのでスマートフォンが激しく震えた。
液晶画面に表示された名に、息が止まりそうになった。
『奈津』
通話ボタンをスワイプし、に当てる。
「もしもし、奈津――」
『お母さん、今どこにいるの?』
話の向こうから聞こえてきたのは、聞き慣れた娘の声だった。だが、背の雑音がおかしい。
のアナウンスでも、学の喧騒でもない。
ひどくくで、聞き慣れた子音が響いた。
『私、今、の玄関のにいるんだけど』
奈津のえた声が、鼓膜を打った。
『鍵がかない。内鍵がかかってるわけじゃないよね? お父さんの靴、あるの?』
「奈津……? あなた、京都にいるんじゃ――」
『いるわけないでしょ! お父さんが無断欠勤でいなくなって、お母さんは取り乱して話かけてきて……じっとしてられるわけないじゃん!』
奈津の苛ちを含んだ叫び声に、私はに返った。
「すぐ戻る。今、鷺沼にいるの。分で帰るから!」
急な坂を、転がるように駅へ向かってった。
汗が額を伝い、ブラウスが背に張り付く。
万千円の部の鍵穴を確かめることもできないまま、私は庭という現実へ引き戻されていた。