"夫が届出た私の失踪" 第7話
同僚・の煙
翌朝、曜の午。
梅のれの湿った空気が、都のオフィスに淀んでいた。
私は、健が勤める宅設備器メーカーの京支社が入るビルのにっていた。
ガラス張りの階建てのビル。スーツ姿の会社員たちが、社員証をゲートにかざして次々と吸い込まれていく。
健が毎朝通っていた所。私が、度もを踏み入れたことのなかった所だ。
昨夜、自宅に戻った、私は健の斎の引きしをひっくり返し、会社の名簿や帳を探した。
そして見つけたのが、健と同期入社で、課を務めているさんの名刺だった。奈津がさかった頃、に族連れで遊びに来たことがある、温そうな男性だ。
受付の内線話でさんを呼びし、分ほど待つと、エレベーターからりでりてくるさんの姿が見えた。
髪が増え、し腹回りが太くなっていたが、目元のの良さそうながり眉は昔のままだった。
「美紀さん……! 突然連絡をもらったから驚きましたよ。健のことで、何か分かったんですか?」
さんは周囲を気にしながら、声を潜めて駆け寄ってきた。
「いえ、まだ何も……。警察にもきましたが、掛かりがなくて。さんに、どうしてもお聞きしたいことがあって伺いました」
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「ここでは何ですから、あそこの喫茶にきましょう」
ビルをてすぐの裏にある、暗い純喫茶に案内された。
朝の内には煙が漂い、商談のサラリーマンがスポーツ聞を広げている。
さんはブレンドコーヒーをつ注文すると、ジャケットの内ポケットから子タバコを取りしかけ、い直したように引っ込めた。
「吸ってください。気にしませんから」
私が言うと、さんは「すみません」とく断って、子タバコをくわえた。青い煙が、テーブルのにさくちる。
「……会社には、今朝も健からの連絡はありませんでした」
さんがい調でを切った。
「営業部としても騒ぎになっていましてね。健が抱えていた案件の引き継ぎで、今朝からてんてこいです。あいつ、真面目だけが取り柄みたいな男だったから、無断欠勤なんて入社以来度もなかったんですよ。事故に巻き込まれたんじゃないかと、みんな配していて」
「さん」
私は組んだ両をテーブルのに置き、さんの目をまっすぐに見つめた。
「健は、事故に遭ったのではありません。……自分の志で、姿を消したんです」
さんのがぴたりと止まった。
くわえていた子タバコを皿の端に置き、眉をひそめて私を見返してくる。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
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「昨、曜の夜に、健は警察にっています。私に対する方者届をして、そのままどこかへきました。そして昨の夕方、私が留守のに自宅へ戻り、傘を置いて、私宛てにメモを残していきました」
さんの表から、血の気が引いていくのが分かった。
「方者届……? 美紀さんを、ですか?」
「はい」
「どうして健がそんなことを……。美紀さんは、ずっとにいたんでしょう?」
その問いに、私はすぐには答えられなかった。
喉の奥がカラカラに乾いて、唾をみ込む。
さんは私の沈黙のを測りかねるように、じっと私の顔を伺っていた。その瞳の奥に、かつてがに遊びに来ていた頃の親しげなはなく、得体のれない庭のをにした男の、骨な警戒が浮かんでいた。
「……美紀さん」
さんはく、し乾いた声をした。
「健と、何かあったんですか」
「何もありませんでした。私たちは、喧嘩すらしていません」
「喧嘩をしなきゃ、問題がないってわけじゃないでしょう」
さんの言葉は、先奈津が話で放った言葉と、酷似していた。
から見るには、とっくに分かっていたのだ。私と健のに広がっていた、音のない亀裂が。
「美紀さん、健はね、ここ数ヶ、らかに様子がおかしかったんですよ」
さんはコーヒーカップにを伸ばし、もまずにソーサーへ戻した。
「営業の成績が落ちていたわけじゃない。遅刻もしない。でも、昼飯を緒にっていても、ずっとぼんやり窓のを見てるんです。何を話しかけても、『ああ』とか『そうだな』とか、の空で」
私の臓が、ぎゅっと締め付けられた。
「あいつ、この頃から、酒をむと変なことばかり言うようになったんです」
さんの線が、私の首元あたりを彷徨った。
「『、もしのにいるが、最初からしないみたいに振るい始めたら、どうする?』って。『目のにいるのに、が届かない所にいるんだ』って、何度も繰り返してましたよ」