"夫が届出た私の失踪" 第6話
ずれた靴べらの位置
たい畳のに座り込んだまま、私は部のをじっと見回した。
球の暗いかりが、私の細いを畳のに落としている。
ふと、玄関のタタキに目をやった、胸の奥をざらりとした触が撫でた。
違があった。
本当に、針の先ほどのさな違だった。
ちがり、タタキの脇へづく。
壁に取り付けられたさなマグネットフックに、プラスチック製の青い靴べらが掛かっていた。百円均で買った、なんの変哲もない靴べらだ。
私は神経質なところがあって、その靴べらを掛けるは、必ず持ちのカーブが部の内側を向くように揃えていた。ヶ、度も欠かしたことのない私の無識の癖だった。
だが今、その靴べらは、持ちのカーブが側――ドアのほうを向いていた。
臓が鐘を打った。
息を呑み、私は玄関のさなスリッパてを見た。
使い捨てのスリッパが、ビニールからされた状態で置いてある。私が自分用に置いていたものだ。
その位置が、タタキの縁からセンチほど奥へ押し込まれていた。
誰かが、この部に入った。
棒ではない。
内を改めて確認したが、ローテーブルのも、さな押し入れのも、荒らされた形跡は切なかった。そもそも盗まれるような目の物など何つ置いていない。
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ただ、入ってきたは、この部を「見た」のだ。
窓のほうへ歩み寄った。
アルミサッシのレール。私が先週、雑巾で拭いたばかりの所だった。
窓枠の端、うっすらと埃が積もるはずのアルミの表面に、かすかに誰かの指の腹が擦れたような跡が残っていた。
窓のを見ろそうとしたのか。
それとも、この部に何があるのかを確かめるために、壁にをついたのか。
健だ。
彼が、ここに来たのだ。
どうやって突き止めたのかは分からない。曜の夕方、ドラッグストアので私を待ち伏せして尾したのか。それとも、私のバッグのを探って、この部の鍵か契約の控えでも見つけたのか。
いつからっていたのだろう。
先週か。先か。それとも、ヶの最初からか。
健はこの部に入り、何もない畳の畳を見て、何をったのだろう。
男物の靴がもないこと。化粧品も、誰かの着替えも置かれていないこと。ただ、座布団が枚と、空の蔵庫があるだけのこの部にち尽くして、健は何を理解したのだろうか。
「……どうして」
声が震えて漏れた。
どうして、問い詰めてこなかったのか。
『お、曜にどこへっているんだ』
『あの部は何なんだ』
そう鳴って胸ぐらを掴んでくれれば、まだマシだった。言い訳もできた。「ただになりたかっただけなの」
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と泣いて謝ることもできた。
けれど健は、何も言わなかった。
っていながら、毎週曜に「棚卸しで遅くなった」と嘘をつく私を、黙って見ていたのだ。
『ああ、お疲れ』と言いながら、ので私を軽蔑し、私をざけ、そして――曜の夜、あのすき焼きの席で、私を「完全に消えった」として処理することを決めたのだ。
『帰ってきたんだな』
あの付箋の言葉が、再びの奥で霊した。
あれは、自宅に帰ってきた私への言葉ではなかったのかもしれない。
「おはあの部から、まだあのに帰る面げて戻ってきたのか」という、痛烈な拒絶だったのではないか。
夫にとって、私は物理に失踪したのではなかった。
連れ添った妻が、自分のの届かない所に秘密の部を持ち、そこで息を潜めているとった瞬から――健の世界ので、妻というはすでに「んだ」のだ。
だから彼は、警察へった。
『妻が曜からいなくなりました』と、真顔で告げたのだ。
それは狂言でも精神の異常でもない。
健なりの、静かで、酷な「復讐」だったのだ。私というを、世にも、公にも、完全に消滅させてやるための。
畳のに膝をつき、私は顔を覆った。
涙はなかった。ただ、骨の髄まで凍りつくような悪寒が、体を突き抜けていった。
健は今、どこにいるのか。
私にこの付箋を突きつけ、私を警察のに引きずりし、自分自はどこへ消えてしまったのか。
夜がければ、曜が終わる。
私はこのまま、健の描いた筋き通りに「消えた妻」として怯え続けなければならないのか。
(違う)
私は顔をげた。
膝の震えを力任せにで押さえつけ、ちがった。
健が私を突き放したのなら、私もらなければならない。
健がこの数ヶ、何を考え、どこで何をしていたのかを。
彼が私を観察していたように、私もまた、夫というの底を見てやる。
私は裸球の紐を引っ張り、部を暗に戻した。
鍵をかけ、錆びた階段をりる取りは、先ほどまでとは違っていた。