"夫が届出た私の失踪" 第3話
駅の駐輪と消えた
歩ので、私はスマートフォンを取りし、娘の奈津に話をかけた。
呼びし音が回鳴って、カチリと通話が繋がった。
『もしもし、お母さん? どうしたの、こんな昼に。今、学の講義が終わったとこなんだけど』
奈津のしな、屈託のない声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬、張り詰めていた私の糸がしだけ緩み、涙がこぼれそうになった。
「奈津、驚かないで聞いてね。……お父さんが、昨の朝から帰ってこないの」
話の向こうが瞬、しんと静まり返った。
警察を呼んだの、とか、事故じゃないの、という言葉を予していた私に、奈津が返してきたのは、ひどくめたトーンの言だった。
『……また喧嘩したの?』
「え?」
『喧嘩して、お父さんがてったんでしょ』
「違うわよ! 喧嘩なんてしてない。お父さんは普通に仕事にって、それっきり連絡が取れなくなって……今朝会社からも無断欠勤だって言われて」
『お母さん』
奈津が私の言葉を遮った。その声には、い溜息が含まれていた。
『はさ、喧嘩してないっていつも言うけど、喧嘩すらしてないだけじゃん。私、にいた頃からずっと息が詰まりそうだったよ。とも、同じ部にいるのに全然喋らないし、お互いの顔も見ないで「ってるつもり」で全部流してるでしょ』
歳の娘の言葉が、私の胸に鋭利な針のように突き刺さった。
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「そんなこと……ちゃんと普通に暮らしてたわよ」
『普通じゃないよ。……ねえ、それよりお母さん、曜の夜に私に話してきたよね?』
「え? 曜……?」
『夜の半くらい。お母さんから急に「仕送りりてる?」って話してきたじゃん。私、変だなとったんだよ。だって仕送りの話なんて先週したばっかりだったし』
記憶の蓋が、急にカタカタと音をてて揺れ始めた。
曜の夜半。私は娘に話をしただろうか。
『そのときさ、ろですごいアナウンスが鳴ってたの覚えてる?』
奈津の声が、急に探るような響きを帯びた。
『の発メロディと、構内放送。「黄い線の内側にがってください」って。私、「お母さん、今どこにいるの?」って聞いたよね。そしたらお母さん、急に黙って、「なんでもない、またかけるね」って切ったじゃん』
背筋を、たい氷柱がすっと滑り落ちた。
「私……そんな話、したかしら」
『したよ! 着信履歴見てみなよ。お母さん、あのどこにいたの? にいなかったでしょ?』
通話を切った、震えるで発信履歴を遡った。
曜の午分。確かに『奈津』の文字と、分秒の通話が記録されていた。
(私は……曜の夜半、駅にいた?)
が勝に自宅のマンションへと向かっていた。歩きになり、やがてりになった。
がは私鉄の駅から徒歩分の、築の分譲マンションだ。
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エントランスを抜け、エレベーターで階へがる。廊にると、隣の401号のドアので、の内さんがしゃがみ込んで鉢植えの入れをしていた。
「あ、美紀さん」
内さんが顔をげ、のついたゴム袋で額の汗を拭った。「こんにちは。暑いわねえ」
「内さん、こんにちは」
私は息を乱しながら、すがるようないで彼女のにった。
「あの、変なことをお聞きするんですけど……昨の曜、夕方頃、私が帰宅するのを見かけませんでしたか?」
内さんは首を傾げ、記憶を繰るように井を見げた。
「曜の? ……ううん、見てないわよ。私ね、あの、夕方のから過ぎまでずっとここにいたのよ。ほら、このハイビスカスの植え替えをしててね、を廊にこぼしちゃったから掃除もしてて」
「でも、私、過ぎには帰ってきたはずなんです」
「見てないわよ絶対に」内さんはきっぱりと首を横に振った。「ずっとこの廊にいたんだから、美紀さんがエレベーターからりてきたら絶対に挨拶してるわ。……あ、でもね、ご主は見たわよ」
臓がねがった。
「健さんですか?」
「ええ。半頃だったかしら。健さんがで階段からがってきてね。コンビニのさなビニール袋を提げてらしたわ。「こんばんは」って声かけたら、ひどく疲れた顔でぺこってお辞儀して、に入っていかれたけど」
内さんの言葉が、私のので渦を巻いた。
健は曜の夜、半にで帰宅していた。
そして私は――内さんのを通っていない。
私はお礼もそこそこに自分の部のにり、スマートフォンの玄関ドアベルの記録アプリをいた。
玄関のドアホンには体検カメラが内蔵されており、誰かがドアのにつと自でクラウドに秒の画が保される仕組みになっている。
曜の履歴をく。
午分、健の勤。
午分、私のパート勤。
そして――午分、健の帰宅。コンビニの袋を持った健が、暗い顔で鍵をける姿が映っていた。
私の帰宅記録がない。
夕方にドラッグストアを退勤してから、夜過ぎまで、私がこのドアをけた記録は件もしなかった。
が割れそうだった。
私は駆けでマンションの駐輪へ向かった。私が駅までの通勤に使っている、かごのついたのママチャリ。
駐輪の42番。がの区画。
そこは、空っぽだった。
息を切らしながら駅の公共駐輪へった。定期利用のラックを探す。
あった。
私の自転は、駅の駐輪の奥く、曜の朝にめた所にそのまま置かれていた。ハンドルにはうっすらと埃が積もっていた。
曜の夕方、私は自転に乗ってに帰らなかった。
私は駅にいた。のアナウンスが響く所にいた。
「嘘……」
私は自分の両を見た。
私はずっと「普通ににいた」とい込んでいた。警察にもそう叫んだ。
でも、現実の記録は、の世界の証言は、ことごとく私を指弾していた。
曜の夜、佐藤美紀という女は、庭から完全に消失していたのだ。