"夫が届出た私の失踪" 第1話
昨夜分の届
「佐藤美紀さん、ですね?」
カウンターの向こうで、髪の混じった警察官が端末の画面を見つめたまま、く問いかけてきた。
「はい。そうです」
私はバッグの持ちを両でく握りしめていた。爪が皮にい込み、指先がくなっているのが自分でもわかった。
「ご主の健さんは、昨の朝半に社されてから、今朝になっても連絡が取れないと」
「はい。昨夜はを過ぎても戻らず、携帯はずっと留守番話サービスに繋がってしまいます。今朝、お勤め先から無断欠勤だと連絡がありまして……。事故に遭ったのではないかと、当たりをすべて当たりましたが、どこにもいなくて」
言葉をねるごとに、胸の奥でたい塊がせりがってくるようだった。
結婚して。夫の健は、決して無断欠勤などするではない。宅設備会社の営業として真面目筋で、どんなにみ会が遅くなっても、終のには「今から帰る」といメッセージを入れてくるだった。
昨の曜の朝だって、いつも通りだった。
アイロンをかけた淡いブルーのシャツに袖を通し、トーストを枚平らげ、玄関で革靴のかかとを踏まないよう靴べらを使って履いた。
『今はし遅くなるかもしれないから、夕飯は待たなくていいよ』
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ドアをける際、健は確かにそう言った。私は台所から「気をつけてね」と声をかけた。いつも通りの、何の変哲もない朝だった。
警察官はキーボードを叩き、画面に表示された何かを度、度とスクロールした。
その顔から、先ほどまでの事務な気だるさが消えていくのが見て取れた。眉のにい皺が寄り、線が画面と私の顔を往復する。
「……あの、何かありましたか?」
私はを乗りした。「どこかの病院に運ばれているんですか? それとも事故ですか?」
警察官はすぐには答えなかった。子の背もたれに体を預け、慎に言葉を選ぶようにをいた。
「佐藤さん。確認ですが、は昭ですね?」
「はい、違いありません。それが主の居所と何か関係があるんでしょうか」
警察官はさく息を吸い、元のメモ用を指先でトントンと叩いた。
「ご主は、昨夜ここに来られていますよ」
ので、の処理が追いつかなかった。
「……え?」
「昨夜の分頃です。佐藤健さんが、こちらの域課の窓に見えられました」
「昨夜、ここに……? じゃあ、健は無事なんですね? 今はどちらにいるんですか」
「今はここにはいらっしゃいません。話をお聞きして、届を受理したあと、おでお帰りになりました」
堵が広がりかけた瞬、警察官が続けた言葉が、私のを疑わせた。
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「ご主はですね、方者の捜索願をしに来られたんです」
「……誰の、ですか?」
健の親族で、方が分からなくなるようなはい当たらない。義理の両親は界しているし、京都の学に通う娘の奈津も、先週末に連絡を取ったばかりだ。
警察官は、ひどく奇妙なものを見るような目で私を見据えた。
「あなたですよ、佐藤美紀さん」
のが、首筋を撫でていった。
「……は?」
「ご主は、妻の佐藤美紀さんが曜の夜からに帰ってこない、と言って届をされました。丸連絡が取れず、事件に巻き込まれたかもしれないと、変取り乱した様子でした」
何を言われているのか、まったく理解できなかった。
「そんな……そんなはずありません! 私は曜も、曜も、ずっとにいました!」
私の声が署内に響き、隣の相談ブースにいた若い警官が驚いてこちらを振り返った。
「私はどこにも消えてなんかいません! 曜の夜だって、夫と緒にですき焼きをべました! 曜の夜も、夫が帰ってくるのをリビングで待っていたんです! 消えたのは健のほうです!」
警察官は眉をひそめ、なだめるように両をしげた。
「ですが、ご主はここに確かに来られました。免許証も提示され、ご本の跡で届もかれています。虚偽の届をするような雰囲気ではありませんでしたよ。
非常に憔悴したご様子でした」
「嘘です……だって私、昨の朝だって健を見送ったんですよ? 『夕飯はいらない』って言った夫の声を、私はこので聞いたんです!」
声が震え、涙がこぼれそうになった。りと恐怖が同に胃の底から突きげてくる。
警察官は困惑した表を浮かべ、元の類を私に見せることはしなかった。ただ、同とも疑ともつかないややかなが、その瞳の奥に宿っていた。
「奥さん。ご夫婦ので、何かき違いや、お互いに言えないようなご事はございませんか」
まるで、私が狂言を弄しているかのような、あるいは精神に失調をきたしているかのような調だった。
私は息を詰まらせ、何も言い返せなくなっていた。