みかん小説
本棚

"消えた夫と十二時十分の弁当" 第10話

歳と歳の違い

午、が斜めに差し込む厨で、私は夕方の仕込みをしていた。

ごぼうの皮をこそげ落とす包丁の音が、静かな内にリズミカルに響く。

ガラガラ、と勝の引き戸が乱暴にき、奈央が入ってきた。

制のリボンを緩め、汗で額に張り付いた髪を苛たしげに払っている。

「ただいま」

返事をしようと顔をげた私の線は、奈央の元で止まった。

娘は、レジの横のゴミ箱をじっと見つめていた。

そこには、昼のピークに捨てられた、デリバリーの注文控えが丸めて捨ててあった。番にあったの端に、青い印字が掠れて見えている。

【お届け先:〇〇スクエアビル】

奈央の線が、ゆっくりと私に向けられた。

その瞳は、昨よりもずっとたく、侮蔑のを帯びていた。

「……また作ったんだ」

私は包丁を握ったまま、言葉を失った。

「会ったんでしょ、昨。あのロッカーので」

奈央は鞄をに放りし、調理台の向かい側にった。

「昨、お母さんの首が赤くなってたの、私、ってるよ。お父さんに会ったんでしょ? 何を話したの? なんで帰ってこないの?」

「奈央、それは……の話だから」

「って何!?」

奈央の声が厨に鋭く響いた。

「逃げ回って、族に恥かかせて、も緒にいた奥さんのを振り払うのがなの!? そんな男に、次のも平気な顔してお弁当作って届けてるのがのやることなの!?」

広告

「奈央、やめなさい!」

「やめない!」

娘の目から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。

だが、その表は泣き崩れる子どもではなく、親の欺瞞を告発するのの顔だった。

「お母さん、自分が何やってるか分かってんの? 惨めじゃないの? あのはお母さんに甘えてるだけだよ! で勝に傷ついて、勝にいじけて、でもお母さんが毎ご飯を作って届けてくれるから、『俺はまだ完全に捨てられたわけじゃない』ってしてるんだよ!」

「そんなこと……!」

「あるよ!」

奈央は調理台に両をつき、を乗りした。

「お父さんは歳だよ? お腹が空いたら、自分でコンビニけばいいじゃん。定に入ればいいじゃん。なんでお母さんのお弁当じゃなきゃいけないの? なんでお母さんはそれを作ってあげちゃうの? ……お母さんがそうやって『私がいないとダメな』にしてるんじゃないの!?」

の芯を、太い杭で殴られたような衝撃だった。

私が、修司をそうさせた?

私が、あのを逃げ込ませている?

「……奈央、お父さんは今、会社で居所がなくなって、追い詰められてるの」

「だからって、私とお母さんを捨てていい理由にはならない!」

奈央は叫び、制の袖で顔を覆った。

「私、来週の者面談、先に『父親は蒸発しました』って言おうか迷ってるんだよ。所のにも、スーパーのレジのにも、れむような目で見られてさ……なんで被害者の私たちがこんないしなきゃいけないの? お父さんはロッカーの裏で、ぬくぬくお弁当べてるのに!」

広告

娘の嗚咽が、ステンレスの壁に反響した。

私は濡れたをエプロンで拭き、奈央の肩を抱こうとした。

だが、奈央はそのを激しく払いのけた。昨、修司がしたのとまったく同じ仕で。

「触らないで。……お母さんがお父さんに餌をやり続けるなら、私、もうこののご飯べないから」

奈央は階へ駆けがり、激しい音を残してっていった。

残された厨で、私はごぼうのの匂いに包まれながら、ち尽くした。

娘の残酷な言葉が、皮膚のくに染み込んでいく。

『私がいないとダメなにしてるんじゃないの』

違う、と言い切ることができなかった。

修司が音を吐かなかったのではない。

私が、音を吐くことを許さなかったのだ。

「丈夫よ」と先回りして片付けることで、夫が男として、親として、自分ので現実と格闘する会を、奪い続けてきたのは、私自だったのかもしれない。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: