"消えた夫と十二時十分の弁当" 第8話
首を振り払う力
エントランスをき交うオフィスの々が、に落ちた弁当袋と、異様な空気の私たちをチラチラと見て通り過ぎていく。
「ここじゃ話せない。……来て」
私は落ちた袋を拾いげ、修司のジャケットの袖を掴んだ。
触れた腕は驚くほど細く、布越しにい汗の湿り気が伝わってきた。
修司は抵抗することなく、引きずられるようにして私のをついてきた。
ビルの裏、搬入の横にある非常階段のは、昼でも暗く、のい排が唸りをげていた。
「なんで、こんなことしたの」
壁を背にしてつ修司のにち、私は震える声で問い詰めた。
「どうして会社にかないの。どうしてに帰ってこないの。話の本も寄越さないで……毎毎、私のにお弁当を頼んで。自分が何をしてるか、分かってるの!?」
修司は俯き、固く唇を噛んだまま、爪の先を擦りわせていた。
その沈黙が、私のりをさらに煽った。
「藤田さんに聞いたわよ! 倉庫に遷されたんでしょ!? 責任を全部押し付けられたんでしょ!? どうして私に話してくれなかったのよ! 、夫婦としてやってきたじゃない。なんで全部で抱え込んで、こんなバカなことしてんのよ!」
「……話して、どうなるんだよ」
掠れた、けれどく鋭い声が返ってきた。
修司が顔をげた。
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その瞳は濁り、酷い隈が落ちていた。
「おに話して、何が変わるんだよ。倉庫の仕事が帳消しになるのか? がった料が元に戻るのか? ……戻らないだろ」
「だからって、逃げすことないじゃない! 奈央がどれだけ泣いたかってるの!? 警察にって、遺体置所の連絡に怯えて……私たちは、あなたがんだんじゃないかって毎きたがしなかったのよ!」
「のうとは……わなかったよ」
修司は自嘲するように元を歪めた。
「曜の朝、駅のホームにってたんだ。いつものが来て、ドアがいた。周りの連が吸い込まれるように乗っていくのを見てたら……急に、膝の力が抜けたんだ。汗が止まらなくなって、息ができなくなって。が歩もになくなった」
彼は自分の両をじっと見つめた。
「気づいたら、反対側のベンチに座って、昼過ぎまでけなくなってた。……母さんの施設の費用、来からがるんだろ。奈央の予備のも、あと半でまとまってる。宅ローンだって、まだ残ってる。俺の料は半分くに減らされる。……俺、もう無理なんだよ、美。壊れたんだよ。の黒柱なんて、もう秒も演じられないんだ」
ポロポロと、粒の涙が修司の髭だらけの頬を伝い落ちた。
歳の男が、裏の吹きだまりで、肩を震わせて泣いていた。
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その姿を見た瞬、胸の奥にあったりの炎が、急速に痛ましい憐憫へと変わっていった。
に。
どれだけで苦しかったのだろう。
どれだけい荷物を背負わせてしまっていたのだろう。
私が助けてあげなきゃいけない。私がこのを、元の所へ連れ戻してあげなきゃいけない。
、私が庭ので果たしてきた『頼れる妻』『い母』のスイッチが、自に入った。
私は歩踏み込み、修司のたく湿った首を、両でく握りしめた。
「丈夫よ、修司」
私は努めて優しく、力い声で言った。
「仕事なんて、辞めちゃえばいいじゃない。私がをもうし広げて、仕しの注文を増やせばいいの。おのことは私が何とかするわ。お義母さんの施設のことも、奈央の受験のことも、私が全部話してあげる。あなたは何も配しなくていいの。ちょっと疲れただけよ。ね、だから……緒にに帰ろう?」
私の言葉は、完璧なはずだった。
傷ついた夫を包み込み、すべての問題を肩代わりし、救いすための、最善の言葉のはずだった。
だが。
修司の瞳に浮かんだのは、堵ではなかった。
謝でも、救済のでもなかった。
それは、底れない沼に引きずり込まれるような、本物の『恐怖』だった。
「……っ!」
バシッ、と乾いた音が裏に響いた。
修司が、私の両をいきり振り払ったのだ。
首を捻られた衝撃で、私の体がよろめき、コンクリートの壁に肩をぶつけた。
「……やめろよ」
修司は荒い息を吐きながら、ずさりした。
その顔は、まるで化け物を見るかのように引きつっていた。
「おは、いつもそうだ。全部背負って、全部許して、全部おが解決する……!」
「修司……?」
「俺がどんないでそこから逃げしたか、おはミリも分かってない! おのその顔を見るのが番怖かったんだよ! に帰って、おにをげて、おの稼ぎでわせてもらって……『丈夫よ』って笑われるたびに、俺は自分が男でもでもないクズだっていらされるんだ!」
修司の声が、裏返って響いた。
「おに助けられたら、俺は、おに謝して平伏してきていくしかないだろ! もう背負いたくないんだよ! 誰かの期待も、父親の責任も、おのその息の詰まるような優しさも……全部、全部いんだよ!」
「修司、待って、そんなつもりじゃ……」
私が伸ばしたを、彼は汚らわしいものでも払うように激しく拒絶した。
「だから……だから俺は帰れないんだよ!」
修司は叫ぶと、リュックの紐を握りしめ、裏をびしていった。
昼の眩しい差しのへ、通りのい通りのへ、あっというにその背は吸い込まれ、見えなくなった。
残された非常階段ので、私はコンクリートの壁にをついていた。
振り払われた首が、じんじんと赤くを持って痛んでいた。
『おのその息の詰まるような優しさも……全部いんだよ』
の奥で、夫の絶叫がリフレインしていた。
私が良かれとって差し伸べたが、夫を追いつめ、逃げを奪っていたというのか。
、私が誇りにしてきた『族のための献』は、夫にとって、ただの窒息させるための檻だったのか。
元に転がった空の弁当袋を見つめながら、私はそのから歩もけなくなっていた。