"優先的に妹さんと" 第17話
メニュー表の
の終わり。々の葉がすっかり落ち、夕方のが肌を刺す季節になっていた。
曜の午半。定で仕事を終えた私は、に揺られて『青葉』のドアを押した。
カランコロンと、真鍮のベルが澄んだ音を鳴らす。
「いらっしゃい」
カウンターの奥から顔をげた真紀は、以よりもずっとエプロン姿が板についていた。内には、所の学の教授らしい老紳士が堂、文庫本を広げて静かに珈琲を啜っている。
「ブレンドでいい?」
「うん。あと、なんか甘いものある?」
「ワッフルならすぐ焼けるよ」
私はカウンターの端の席に座り、運ばれてきたいマグカップを受け取った。湯気とともに、煎りの豆のばしい匂いがちる。
は、爆発な繁盛とは程かった。
客は緩やかで、佐伯さんと分の料を引けば、元に残る利益は毎数万円程度。それでも、ランチタイムのトーストセットが隣のOLにしずつ定着し、どうにか赤字をさずに半を乗り切っていた。
老紳士が会釈をしてをていくと、内には再びジャズのレコードのい音だけが残った。
真紀はトングを置き、カウンターの向こうでさく伸びをした。
「はー、疲れた」
「お疲れ様。ワッフル、美しかったよ」
「ありがと。でもね、今週から始めた季節限定のパンプキンタルトが全然なくてさ」
広告
真紀が困ったように唇を尖らせた。ショーケースの奥には、まだ切れほど残った黄いタルトが並んでいる。
「原価もちょっとめにしたのに、個るかないかで。やっぱり、うちの客層にはわなかったのかなあ」
その瞬、私のので、かつての「優秀な妹」が反射に目を覚ました。
信用庫で培ったマーケティングと線分析のデータが、自に考を駆け巡る。
タルトのPOPがさすぎるのだ。入りのて板にも記載がない。そもそも夕方の帯にアピールするのではなく、ランチのプラス百円のセットデザートとして組み込めば、客単価をげつつ綺麗に捌けるはずだった。
「それはね、提供の仕方を変えて、ランチセットのミニサイズにすれば――」
そこまで気にまくしてて、私はハッと息を呑んだ。
言葉が、喉の途で凍りついたように止まる。
真紀が、拭きかけのグラスを持ったまま、丸い目で私を見げていた。
沈黙が流れた。
カウンター越しに、互いの線が交差する。
臓がさく音をてた。またやってしまった、という恥ずかしさが首筋を赤く染めていく。の領域にで踏み込み、求められてもいない正論を押し付けようとした自分の浅ましさに、私はいたたまれなくなった。
私はさく咳払いをし、カップの取っに指を添えた。
広告
そして、声のトーンを落とし、し照れくさそうに笑った。
「……私の見、聞きたい?」
真紀は瞬きょとんとした顔をし、それから、線を井へ泳がせた。
真剣に考えるように秒ほどを置き、それからふわりと柔らかく笑った。
「ううん。今はいいや」
「そっか」
「うん。数字とか効率の話聞くと、今夜の仕込みをする元気がなくなっちゃうから」
「わかった。じゃあ、言わない」
私はあっさりと引きがり、珈琲をすすった。
拍子抜けするほど穏やかだった。拒絶されたという痛みは、どこにもなかった。見を求められず、決定に関与できなくても、私と真紀のにある関係は何ひとつ傷つかないのだと、体の奥くで理解できたからだ。
のに、よい静寂が流れた。
レコードの針がチリチリと音をてる。
珈琲をみ終えようとした、真紀がカウンターのから枚の画用を引っ張りしてきた。
「あ、でもね」
真紀は画用を私のへ滑らせた。鉛で描かれた、しいのドリンクメニューのラフ画だった。
「これ、佐伯さんとで作ったんだけどさ。のホットワインのところ、文字を赤にするか茶にするかで見が割れてて。どっちが見やすいかだけ、ちょっと見てくれない?」
のには、揃いなきの文字で『自製ホットワイン 百円』とかれていた。
私はを引き寄せ、指先でその文字をなぞった。
判断を奪うためではない。
姉が自分のでっている所から、ただ隣の席に座る者として差しされた、ささやかな相談だった。
私はバッグからペンを取りし、悪戯っぽく元を緩めた。
「それなら、んで」
「どっちがいい?」
「うーん……背景が黄だから、茶の方が落ち着いて見えるとうよ」
「やっぱり? 佐伯さんにもそう言ってみる」
真紀が嬉しそうにメモを取る。
窓のでは、灯が灯り始めていた。を急ぐ々の音が、舗装された面を叩いて通り過ぎていく。
私たちはもう、丸の正解を緒に探すことはないだろう。
迷い、失敗し、損をして、には痛い傷を負いながら、それぞれのでそれぞれのを歩いていく。
それでも、寒さに凍えた夕暮れには、こうして同じテーブルで杯の温かい珈琲を分かちうことができる。
それだけで分だった。
これ以ないほど、私たちはちゃんと、姉妹になれていた。