"結婚式には来ないでと言った親友" 第16話
理由を聞かない
式は、滞りなく終わった。
パイプオルガンの音が響く、神父のでが交わした誓いの言葉は、どこにでもあるありふれたものだった。けれど、指輪を交換する際、川さんが真由のをしだけく握り、真由がそれに悪戯っぽく微笑み返したのを、私は親族席の最列の端から見逃さなかった。
披宴の途で、真由の母親が私の席までビール瓶を持ってやってきた。
『梨さん、来てくださってたのね。本当に、あの子ったら昔から頑固で……今もお騒がせして、本当にごめんなさいね』
母親の目には、娘を送りす堵の涙が浮かんでいた。私はちがり、『おめでとうございます。真由、とても綺麗です』とだけ言って、お酌を受けた。のことも、駐のことも、何つ話す必はなかった。
式が終わった、私は次会には参加せず、夕暮れのへとた。
久しぶりに履いたパンプスのせいで、踵がし靴擦れを起こしていた。駅のドラッグストアで絆創膏を買い、鉄のホームのベンチで貼り付けながら、私は自分の部の静けさをいしていた。
あれから、ヶが過ぎた。
季節はになり、京のにはたいが吹き抜けるようになっていた。
私の活は、何つ変わっていない。相変わらず庭裁判所の調で、互いに憎しみい、疲れ果てた夫婦たちの類を理し、淡々と事務処理をこなす々だ。
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ただつだけ、変わったことがあった。
相談者がになって支滅裂な主張を繰り返す、以の私なら「するにこういうことですね」と効率に約して誘導していた面で、しだけ待てるようになった。沈黙が流れても、相が自分の言葉を探し当てるまで、計の針を気にしながらも、を挟まずに待つ。そのせいで調のがし延び、同僚から「井さん、最ちょっとが遅くなった?」と苦笑いされることが増えた。
曜の夜。
仕事を終え、所のスーパーで買った根と油揚げをぶらげて自の玄関をけた、ポケットのでスマートフォンが震えた。
画面を見ると、真由からのLINEだった。
『、もし暇なら、駅の蕎麦でお昼べない?』
いメッセージだった。
私は靴を脱ぎながら、画面を見つめた。結婚、彼女とは、度、のない況報告のやり取りをした程度だった。川さんとの活はそれなりに忙しいらしく、折送られてくる写真には、片付かない段ボールのや、焦げた卵焼きが写っていた。
私はコートを脱ぎながら、親指で素く返信を打った。
『いいよ。くらいでどう?』
送信ボタンを押し、キッチンの湯沸かし器のスイッチを入れる。
やかんにを張り、コンロにをつけた。青い炎がちり、換気扇が静かに回り始める。
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それから分。
やかんの湯が沸き始めた頃、再びスマートフォンがさく震えた。
画面をくと、真由からしいメッセージが届いていた。
『ごめん! やっぱり今週仕事て込んでて、めちゃくちゃ疲れてるの。今週末はでのように寝ることにする。来週にしてもいい?』
昔の真由なら、絶対に送ってこない文面だった。
度誘っておいて、相が「いいよ」と答えたに、自分の都で、しかも「疲れてるから」という個な理由でドタキャンする。かつての彼女なら、どれほど体がくても、うようにして約束の所へき、無理に笑顔を作って『美しいね』と言っていただろう。に迷惑をかけること、度決まった予定を変更することを、ぬほど恐れていたからだ。
そして、の私なら、このメッセージにどう返していただろう。
きっと即座に眉をひそめ、『何かあったの?』『旦さんとうまくいってないの?』と詮索するか、あるいは『せっかく予定空けたのに』と嫌をに滲ませていただろう。
私は沸騰したやかんのを止めた。
マグカップにティーバッグを放り込み、湯を注ぐ。湯気がちり、暗いキッチンにほうじ茶のりが広がった。
私はスマートフォンのキーボードをタップした。
『解。寝なさい』
それだけ打って、送信した。
理由は聞かなかった。「どうして」「何があったの」「丈夫?」という言葉を、識してすべて削ぎ落とした。
数分、画面に既読がついた。
そして、ぽつりと、返信が返ってきた。
『理由、聞かないんだ』
私はマグカップを片に持ち、もう片方ので画面をなぞった。
『あんたがもう、寝るって決めたんでしょ』
すぐに、既読がついた。
しのを置いて、画面にい文字が浮きがった。
『うん』
その文字の横に、し眠たそうな猫のスタンプがつ、添えられていた。
私はスマートフォンの画面を伏せ、テーブルのに置いた。
いほうじ茶を啜ると、喉の奥がじんわりと温かくなった。
約束を守ることだけが、誠ではない。
いつでもやめられること。いつでも「やっぱりやめた」と言えること。そして、相がそう言ったに、余計な理由を問い詰めずに「わかった」と受け止めること。
私たちのような器用なが、お互いののハンドルを奪わずに、く隣を歩いていくための距は、きっとこれくらいでちょうどいいのだ。
窓のでは、の夜が静かにマンションの壁を揺らしていた。