"書けないはずの祖母のハガキ" 第3話
ようやく来たね
〇号の引き戸を、音をてないようにけた。
畳ほどの個には、がく差し込んでいた。
介護用ベッドの脇に置かれたリクライニング子に、さなが腰掛けている。
髪がすっかり増え、背が丸くなっていた。
腕は、のクッションのに横たえられている。
野さんの言葉通り、そのはく握りしめられたまま、枯れ枝のようにかなかった。
「……おばあちゃん」
声をかけると、祖母の肩がびくりと揺れた。
ゆっくりと、軋むようなきで首がこちらへ回る。
焦点のわない線が、数秒、部の空をさまよった。
やがて私の顔を捉えた瞬、祖母の目がきく見かれた。
「……あ……」
喉の奥から、乾いた息が漏れる。
がさく持ちがり、宙を掻くように震えた。
「遥、だよ。おばあちゃん、分かる?」
駆け寄って、子のに膝をついた。
祖母のを両で包み込むと、信じられないほど骨張っていて、温かかった。
祖母の元が激しく歪んだ。
何かを言おうとして、唇が何度も閉する。
舌がうまく回らないのか、のある単語になるまで、ひどくいがかかった。
私はじろぎもせず、祖母の顔を見つめ続けた。
「どうして来たの」と言われるとっていた。
「忙しいのに悪いね」と、あのハガキのように窘められるのだと構えていた。
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秒、秒。
祖母の喉がひくりと鳴り、ようやく絞りされたのは、かすれた、途切れ途切れの言だった。
「よ……う、やく……」
祖母の目から、粒の涙がこぼれ落ちて、膝ののタオルケットに染みを作った。
「ようやく……きた……ねぇ……」
を鈍器で殴られたような衝撃だった。
なぜ来たのか、ではない。
ようやく、来た。
ずっと、待っていたの言い方だった。
私は喉が詰まって、言葉がなかった。
ただ祖母の震えるを握りしめ、溢れそうになる涙を必でこらえた。
カバンから、帳に挟んで持ち歩いていた直のハガキを取りした。
震えるでそれを広げ、祖母の膝のに置く。
「おばあちゃん、これ……覚えてる?」
祖母は怪訝そうに眉を寄せ、で胸元の老鏡を探りした。
私がそれを取ってにかけてやると、祖母はハガキに顔をづけた。
沈黙が流れた。
計の秒針の音だけが、部のに響いている。
祖母はかないを庇うようにして、の指先で、ハガキの歪んだ文字をゆっくりとなぞった。
分以経っただろうか。
祖母は鏡の奥の目を瞬かせ、掠れた声で呟いた。
「これ……」
「うん」
「……正昭の……字だねぇ」
息が止まりそうになった。
「伯父さんの……字なの?」
「……うん。正昭……昔から……『』の字の……ここが、曲がるの」
祖母はハガキのの『野』の文字を、爪の先でさく叩いた。
そこには確かに、しげさにへねる癖があった。
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祖母はハガキを見つめたまま、議そうに首を傾げている。
自分がいたものではないと分かっているのに、なぜそれが私の元にあるのか、状況がみ込めていないようだった。
「おばあちゃん、伯父さんに……私のところへハガキをいてくれって、頼んだことある?」
祖母は線を虚空へ泳がせ、記憶の糸を繰り寄せるように、しばらくじっとしていた。
やがて、さく、頼りなく首を縦に振った。
「……頼んだ。ずっと……」
「なんてくように言ったの?」
祖母の唇が震えた。
また、いが流れる。
祖母は私の顔をじっと見つめ、すがるようにそのを握り返してきた。
「……会いたい、って」
臓が、たいに沈められたようにえ切った。
「会いたいって……言ったの?」
「……言ったよ。遥に……会いたいって……」
祖母は言葉を途切れさせ、息を吸った。
「でも……正昭が……おは、忙しいからって……」
それ以、祖母は言葉を続けられなかった。
ただ、子供のように元を歪めて、声をさずに泣き始めた。
私は持ってきた栗羊羹の箱をベッドの脇の棚に置き、祖母の背をしばらくさすり続けた。
「また、朝番に来るからね」と何度も元で囁き、部をた。
にると、松本の空は濃いに染まり、たいのが吹き抜けていた。
駅へ戻るバスではなく、内をる循環バスの留所へ向かった。
伯父のへく。
話で済ませる気には、どうしてもなれなかった。