"書けないはずの祖母のハガキ" 第1話
曜のポスト
曜の夜、アパートの集ポストをけると、いハガキが番に落ちていた。
野の消印。
円切の隣に、ボールペンで私の名がかれている。
圧はく、文字のあちこちがさく震えている。
目のと目のが、ミリほどずれていた。
それでも、昔から見慣れた祖母の字だった。
『京はまだ暑いですか。
こちらは夕方になると、のがたくなります。
施設のご飯はがいけれど、残さずべていますよ。
仕事が番忙しい期だと聞きました。
無理をして野まで来なくていいですからね。
若いは、まず自分の活を事にしなさい。
正昭さんが毎週顔をしてくれています。
文子』
私は玄関のかりので、そのハガキを端から端まで指でなぞった。
胸の奥に、じわりとした痛みが広がる。
それと同に、どこかほっと息を吐きしている自分がいた。
歳。
神保町にある堅の文芸版社で、単本の編集をしている。
この半、文芸の賞受賞作の改稿と、の型企画のがなり、終で帰るも珍しくなかった。
祖母の文子は、歳になる。
のに脳梗塞で倒れ、リハビリ病院を経て、松本内にあるサービス付き齢者向け宅に入居した。
倒れた直は、私も毎のように特急あずさに乗って会いにっていた。
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けれど仕事の責任が増えるにつれ、ヶに度になり、半に度になり、気づけば回の訪問からヶが過ぎていた。
かなければ、とう。
休に野へけば、片、往復で万千円。
何より、溜まった原稿を読むが消える。
来こそは、来こそはと先延ばしにする私の元へ、毎週曜になると必ずこのハガキが届いた。
「無理をして来なくていい」
「若いは、まず自分の活を事にしなさい」
その歪んだ文字を見るたび、私は免罪符をもらったような気になっていた。
おばあちゃんは私の仕事を応援してくれている。
孫の都を理解して、気遣ってくれているのだと、自分に都のいい解釈をきしていたのだ。
の半ば、担当作との打ちわせで、急きょ野へ帰り張が入った。
駅のホテルでわれた対談は、作の体調もあって予定より幅にく、午過ぎに終わってしまった。
野駅から京へ戻る幹線の切符を買い直そうとして、ふと券売の画面のでち止まる。
ここから篠ノ井線に乗れば、らずで松本に着く。
今から向かえば、夕方の面会には余裕でにうはずだった。
誰にも連絡はしていない。
京の母にも、松本にむ伯父の正昭にも言っていない。
でも、たまには驚かせるのもいいかもしれないとった。
駅ビルので、祖母が好きだった栗羊羹のさな箱を買い、私は松本きの普通列に乗り込んだ。
窓を流れる々の輪郭を眺めながら、私は久しぶりに、まともな孫に戻れるようなれれとした気分でいた。