みかん小説
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"七年前に死んだ母の退院" 第11話

階段の煙の吸い殻

「それ、枝さんの字でしょう」

背から、に声がかけられた。

振り返ると、民委員の青さんが、玄関のがり框に腰をろして私を見ていた。その瞳には、懐かしむようなが浮かんでいた。

「青さんは……母のことをごだったんですか」

私が震えるでレシートの束を握り直すと、青さんは静かに頷いた。

「っているも何も。あのアパートの階段ので、お母さんと文さんが並んでお茶をんでいる姿を、私は何度も見かけましたよ。……あなた、真紀さんでしょう。お母さんに、よく似ていらっしゃる」

青さんは膝のにを置き、いをいすように目を細めた。

「お母様がくなられた、文さんはね、本当に抜け殻のようになってしまわれたの。所のたちも配したんだけれど、あのは頑なに誰の助けも拒んでね。『枝さんが帰ってくるから、この部にいなきゃいけない』って、そればかり繰り返して……」

「母は……どうして私に、佐々さんのことを話してくれなかったんでしょう」

私の喉から、押し殺してきた澱のような問いが零れ落ちた。

「私は母の娘です。母がで寂しいいをしているなら、同居を提案することだってできた。それなのに母は、毎週カルチャーセンターに通っていると嘘をついて、ここに来ていたんです。

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私には何も言わずに……」

「話せるわけがありませんよ」

青さんの声は、静かだが鋭かった。

「お母様にとって、あなたは自の娘さんだったんです。以、女性が会社でく働くのが当たりじゃなかった代に、あなたが総職としてバリバリ働いて、自していく姿を、枝さんは本当に誇らしそうに話していました。『真紀はしっかりしているから、親の私がみっともない姿を見せるわけにはいかないのよ』って」

が吹き抜け、ガタついたガラス窓をさく揺らした。

「でもね、誰だって、しっかりしていられないがあるでしょう」

青さんはちがり、部の隅の掃きし窓をけた。の鉄骨階段の踊りが見えた。

「お母様、くなるのの頃から、々胸の痛みを訴えていらしたのよ。病院にったら狭症の疑いがあるって言われてね。でも、あなたやお兄さんにられたら、仕事を休ませたり、活の負担をかけたりしてしまうって、ひどく怯えていらしたわ」

私のので、何かが音をてて崩れ落ちた。

母が胸を痛がっていた? そんなこと、度も聞いたことがなかった。話をするたび、母は「私は元気だから、真紀は自分の仕事だけ頑張りなさい」と、いつもの張り詰めた声で笑っていたはずだった。

「お母様はね、この部に来て初めて、自分の音を吐けたのよ。

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文さんとで、あの階段の隅っこに腰掛けてね。お互いに持病の薬を見せって、『きなんてするもんじゃないわねえ』なんて言いながら、文さんの吸う煙の煙を吸い込んで笑っていたわ。……お母様にとって、文さんは助けてあげる相じゃなかった。みっともない自分をそのまま晒せる、たったの対等な友達だったのよ」

母親という役割を脱ぎ捨てた、の老いた女。

老いていく恐怖に怯え、病気の歩きに震え、それでも子供たちには「い母」であり続けようとした女。

母をそこに追い詰めていたのは、ならぬ私の「正しさ」だったのだ。

私が「しっかりした娘」でいようとすればするほど、母は私に音を吐く所を失い、この畳半の部へと逃げ込んでいたのだ。

ちゃぶ台の引きしの奥から、さない箱が見つかった。

母の跡で、『万がのときの胃薬・枝』とかれた、の使用期限切れの販薬だった。

母は、ここに自分の居所を置いていた。

子供たちのらない、誰の母親でもない、ただの枝としてのを、この老にだけ預けていたのだ。

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