"七年前に死んだ母の退院" 第10話
畳半のちゃぶ台
の湿ったが、狭いに吹き溜まった落ち葉をカサカサと鳴らしていた。
トタン根の造階建てアパートは、築は裕に超えているようだった。壁のモルタルには無数のひび割れがり、階段の鉄骨は茶い錆で侵されている。玄関ドアには、赤いゴム印で『契約解除通』と記されたがセロハンテープで無造作に貼り付けられていた。
「さんですね。お待たせしてすみません」
階段ので待っていたのは、自転のカゴに類鞄を入れた代半ばの柄な女性だった。胸元に『民委員 青』とかれた緑のプレートをつけている。
「さんから鍵を預かってきました。正午には片付け業者のトラックが来てしまうので、く探しましょう」
青さんが差し込んだ鍵が、ガチャリとい属音をてて回った。
玄関の引き戸をけると、古い畳と湿気、それに微かな樟脳の匂いが混ざりった、齢者の暮らし特の濃密な空気が漂いしてきた。
部は、踏み込みの台所と、畳半のがつだけだった。
暗い内に置かれていたのは、万になったいせんべい布団と、さなブラウン管テレビ、さな湯沸かしポット、そして部の央に置かれた製の丸くちゃぶ台だけだった。
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箪笥の引きしには、褪せた綿のシャツとズボンが数枚、几帳面に畳まれて収められている。
「随分と……物がないですね」
私がわず呟くと、押し入れのを懐灯で照らしていた青さんが振り返った。
「佐々さん、数に度、押しを引いてきなゴミ処理まで自分で荷物を捨てにかれていたんですよ。『自分がんだあとに誰かに迷惑をかけたくないから』っておっしゃってね。その頃から、しずつ理されていたんでしょう」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
誰にも迷惑をかけたくない。そうって持ち物を削ぎ落としていた老が、なぜ母の名を握りしめ、私の連絡先を頼りにき延びてしまったのか。
私はの央に膝をつき、ちゃぶ台のさな引きしを引いた。
に入っていたのは、帳と、印鑑の入ったさな革袋、そして錆びかけたビスケットの空き缶だった。缶の蓋をけると、にはぎっしりと輪ゴムで束ねられたスーパーのレシートが入っていた。
番のレシートをに取った。
『サミット荻窪 平成』
母がくなる、の付だった。
レシートの余に、母の角ばった跡で、鉛のメモがっていた。
『根半分 円 / 豚肉パック 百円 / 計百円 あたり百円』
そのには、丸っこい文の跡で、こうき添えられていた。
『枝さんに百円渡した。お釣り円はいらないと言われた』
私は息を止めた。
別のレシートをめくった。
『牛乳本 百円 半分こ 円』
『灯油缶 千百円 半分こ 百円』
何枚、何百枚ものレシートのすべてに、円単位まで細かく割り勘にした計算が几帳面に記録されていた。
施しでもなければ、援助でもなかった。
の老が、根の半分を分けい、牛乳を半分ずつみ、灯油代を折半しながら、肩を寄せってきていた痕跡だった。