"七年前に死んだ母の退院" 第6話
義姉からの警告
修と別れて自宅のマンションに戻ったのは、夜のを回った頃だった。
暮らしの部はえ切っていて、照をつけると、がらんとしたリビングがやけに広くじられた。湯を沸かし、スーパーで買った値引きシールのついた巻き寿司をプラスチックの容器のままべていると、テーブルのでスマートフォンが震えた。
画面に表示されたのは、『義姉・恵美』の文字だった。
嫌な予がして、唾をみ込んでから通話ボタンを押す。
「もしもし、真紀さん? 夜分にごめんなさいね」
兄の妻である恵美の声は、いつも通りるく、そしてどこか警戒を含んだ響きを帯びていた。
「いえ、丈夫です。どうされました?」
「さっき、修さんから聞いたのよ。……あの、お義母様のおりいの方の件」
置きもなく本題に入るところが、いかにも現実な恵美らしかった。背でテレビのバラエティ番組の笑い声が微かに漏れている。
「真紀さん、気持ちは分かるわよ。お義母様の名が使われてたなんて、気持ち悪いし、放っておけないのも無理はないとう。でもね、絶対に入りしちゃダメよ」
恵美の調は、忠告というよりは確な制止だった。
「お義母様がくなって、もう経つのよ? 私たちはあの、実の処分から遺品理まで、本当に変ないをして片付けたじゃない。
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修さんだって胃潰瘍になりながら続きしたのよ。それをいまさら、赤のの齢者の面倒まで背負い込むなんて、冗談じゃないわ」
「背負い込むつもりはありません。ただ、政に引き継ぐまでの段取りが……」
「その段取りをするのが福祉事務所の仕事でしょ」
恵美は私の言葉を容赦なく遮った。
「いい? 度でもを見せたら終わりよ。『娘さんが来てくれた』って病院側も役所も甘えてくるに決まってるわ。もしあの方が施設で器物を壊したり、賃を滞納したりしたら、保証に請求が来るのよ? 真紀さん、独だからって軽だとったら違いよ。自分の老の資だってあるでしょうに」
正論だった。あまりにも隙のない、活者の論理だった。
「修さんにもきつく言っておいたから。うちからは円もさないし、類にも切サインしないって。真紀さんも、にでも病院に『もう度ときません、そちらで法に処理してください』って話本入れて終わりにしなさい。いいわね?」
「……分かりました。考えてみます」
それ以言い返す気力もなく、私は通話を切った。
部のに、またい静寂が戻ってきた。
恵美の言う通りだ。私は佐々文の子供でもなければ、親戚でもない。母がにんだ点で、母の関係の契約もすべて終しているはずなのだ。
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翌朝、私は勤に部病院へ話をかけた。
きっぱりと断るつもりだった。
だが、話にたソーシャルワーカーの皆川の声は、昨よりもらかに切迫していた。
『様……申し訳ありません。佐々さんが昨夜から、事を切受け付けなくなってしまって』
「え……?」
『点滴もご自で引き抜こうとなさって、「枝さんに会わせないなら何もべない」と。主治医からも、このままでは脱がんで退院どころではなくなると言われています。ですが、当院の病使用の期限は待ってくれません。あとです。あとで、どうしてもき先を決めなければならないんです』
私は受話器を握りしめたまま、鏡に映る自分の顔を見た。
青ざめ、目のに濃い隈ができていた。
母はに、で逝ってしまった。自宅の居で倒れ、発見されたにはすでに肺止だった。あの、私には何もできなかったという悔が、の底に澱のように沈んでいた。
その母の残像を、あの老は今もで待っているのだ。
「……今の午、もう度だけきます」
気がつけば、私はそう答えていた。