"七年前に死んだ母の退院" 第5話
曜のカルチャーセンター
翌の夕方、私は仕事を切りげ、飯田の喫茶で兄を待っていた。
昭の暗い内に、コーヒーサイフォンのコポコポという乾いた音が響いている。約束のを分過ぎた頃、くたびれたビジネスバッグを肩にかけた兄の修が、猫背を丸めて入ってきた。
「悪い、して込んでてな」
修は歳。都内の建材商社で管理職をしている。頂部に混ざった髪と、目ののたるんだが、父親の晩にし似てきていた。おを気に半分ほどみ干し、煙を吸おうとして禁煙のプレートに気づき、舌打ちをしながらを引っ込めた。
「で、急に改まってどうしたんだ。おふくろの回忌はのに終わっただろ」
「お母さんのことよ」
私はバッグから、昨病院で控えてきたメモを取りし、テーブルの央に置いた。
「佐々文さんという名に、当たりはない?」
修の指先が、わずかに止まった。
彼は線を落とし、にかれた名をじっと見つめた。それから、特に揺した様子も見せず、く息を吐いた。
「……佐々さん? ああ、まだきてたのか」
「ってたの?」
私の声がわず尖った。修は眉根を寄せ、おのグラスを指先で回した。
「ってたも何も、おふくろのりいだろ。昔、おふくろが杉並にいた頃、たまに名を聞いたくらいだ。
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それがどうかしたのか」
「どうかしたのかじゃないわよ」
私は昨、部病院からかかってきた話のことから、病で見た老のこと、そしてのきカルテの件まで、努めて静に説した。
母の名で入院していたこと。
私の話番号が緊急連絡先になっていること。
そして、文が退院を頑なに拒み、「枝さんが迎えに来る」と言い張っていること。
話を聞き終えた修は、腕を組んで井を仰いだ。
「なんだよそれ……。病院のシステムエラーだろ。向こうのミスじゃないか。おがわざわざ会社休んでまでくことないだろ」
「そうやって放っておけないから相談してるのよ。病院からはあとで退院させろって言われてるの。親戚も引き取りを拒否して、元引受欄に私の名しかないのよ。……お兄ちゃん、あのと母さん、どういう関係だったの?」
修は線を泳がせ、テーブルの目を爪でさく引っ掻いた。
「どういうって……ただの友達だよ。ほら、おふくろ、曜にカルチャーセンターってただろ」
「ええ。けを習いにってるって言ってたわ」
父がくなったあと、母は「にずっといるとボケるから」と言って、毎週曜の午は荻窪のカルチャーセンターに通っていた。入れされた季節のを玄関の瓶にけていたのを、私もよく覚えている。
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修は苦笑いのような、気まずそうな表を浮かべた。
「あれ、嘘だぞ」
「……は?」
「けなんて、最初の半で辞めてたよ。曜の午はな、だいたいその佐々さんのアパートにってお茶んでたんだ」
喫茶のジャズの調べが、急にのいたようにじた。
「どうして……そんな嘘を?」
「らんよ。おが『せっかく趣を見つけたんだから続けなよ』って謝のしに商品券とか渡してただろ。本当のこと言ったら、おが余計な詮索してうるさく言うのが目に見えてたからじゃないか?」
修の言葉は、棘のように私の胸に突き刺さった。
「私が、うるさい?」
「おは昔からそうじゃないか。正論ばかり言って、おふくろの活を管理しようとしてた。おふくろが誰と付きおうが、勝だろ。あのも退屈だったんだよ。子供がともをて、親父もいなくなってさ。佐々さんといるだけは、ただの寄り同士で愚痴が言えたんじゃないのか」
修はコーヒーを気に煽り、空になったカップを事も無げに置いた。
「とにかく、俺たちには関係ない話だ。役所に任せて、おももう病院にくな。関わったら沼だぞ」