"七年前に死んだ母の退院" 第3話
のきカルテ
「お掛けになってお待ちください」
病棟の角にある医療相談に通された。スチール製の机のには、使い古されたパイプ子がつ並んでいる。壁には域包括支援センターのポスターや、齢者向けの介護保険利用の引きが何枚も貼られていた。
ドアがき、りで入ってきたのは、代半ばほどの女性だった。紺のカーディガンを着て、首から『医療ソーシャルワーカー 皆川』とかれた名札をげている。
「お待たせして申し訳ありません。ソーシャルワーカーの皆川です。……お話は井護師から伺いました」
皆川はくをげ、机のに分いのファイルを置いた。
私はスマートフォンを取りし、保してあった母の除籍謄本の画像と、寺の納骨証の写真を画面に表示させて机のに滑らせた。
「これが証拠です。母、枝は平成にしています。届も受理されていますし、千葉の寺に骨も入っています。先ほどお会いした方は、私の母ではありません」
皆川はスマートフォンの画面をい入るように見つめ、それから元のファイルをいた。には黄く変した古い問診票や、何枚もの類のコピーが綴じられていた。
「……おっしゃる通りです。先ほど、本館の古い保管庫からのカルテを取り寄せて確認いたしました」
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皆川は鏡を指先で押しげ、ファイルの番にある用を私に向けた。
「あの方の本当のお名は、佐々文(ささき・ふみえ)さん。昭まれの、今で歳になる方です」
「佐々……文?」
聞いたこともない名だった。親戚にも、母の賀状のやり取りのにも、そんな名の記憶はない。
「では、なぜその佐々さんが『枝』として入院しているんですか? なぜ私の話番号が緊急連絡先に登録されているんですか」
私の問いに、皆川はすまなそうに眉をの字にした。
「事の発端は、今から約……平成ののことです。当、佐々さんは杉並区内の造アパートにで暮らしていらっしゃいました。ある猛暑のに、駅の商で症で倒れられ、当院の救急来に運ばれてきたんです」
皆川が指し示した古い救急搬送記録の用。その段、元引受および連絡先の欄に、見覚えのある文字が並んでいた。
ボールペンでかれた、しがりの、几帳面で角ばった跡。
違いなく、私の母の字だった。
『連絡先:枝() 話番号:03-XXXX-XXXX(当の実) 携帯:090-XXXX-XXXX(現の私の番号)』
「あ……」
私の喉から、かすれた声が漏れた。
「当、救急に同乗して付き添ってこられたのが、あなたのお母様である枝様でした」
皆川は淡々と、しかし慎に言葉をねた。
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「佐々さんは寄りがなく、識も朦朧としていたため、付き添われたお母様がな保証としてご自の報を類に記入されたようです。その際、ご自の固定話と、万がの連絡先として、娘さんであるあなたの携帯番号をき添えられていました」
「母が……付き添った?」
「はい。その、当院が子カルテシステムを全面刷したのがでした。その際、古いカルテから基礎データを移する業者側の入力ミスが発したんです。『元引受:枝』のデータが、なぜか佐々さんの『通称名・別名』の欄にきされてしまいました。さらに佐々さんご自も、ここ数で軽度の認能がんでおり、ご自の旧姓や過の記憶と混同されたのか、病院の窓でご自分から『枝』と名乗られるようになってしまったようで……」
役所の類の備、システムの移エラー、そして老いによる記憶の混濁。
幾にもなった事務な偶然が、んだ母の幽霊を病院のベッドのに作りしていたのだ。
犯罪でもなければ、悪のあるなりすましでもない。
ただの、政と病院の怠がんだ違いだった。
「……事は分かりました」
私はく息を吐きし、胸の奥につかえていたたい塊が溶けていくのをじた。
「でしたら、データを正しく修正してください。
私はその佐々文さんという方とは何の血縁もありませんし、法な扶養義務もありません。母が昔、所のおりいを助けただけの話でしょう。退院の続きや今の活については、政の福祉課に引き継いでください。私には関係のないことです」
私はバッグをに取り、ちがろうとした。
「様、お待ちください」
皆川が、切迫した声で私を呼び止めた。