"七年前に死んだ母の退院" 第1話
マナーモードの度目
会議の細いガラス窓から、のい差しが差し込んでいた。
議題は、来期に向けたチルド惣菜の物流ラインの見直しだった。プロジェクターのファンがく唸りをげ、営業課がホワイトボードに数字をき殴っている。私は資料の端にペン先を落とし、課の滑舌の悪い説をだけで追っていた。
スーツのポケットで、スマートフォンがく震えた。
度、度。
会議の私用話は取らないのが私のルールだった。歳になり、品流通会社の課補佐という途半端にい肩背負ってからは、なおさらそうだった。画面を見ずにポケットのから指先で押し黙らせたが、秒も経たないうちに再び振がった。
さらに髪を入れず、度目。
同じ番号からの連続着信だった。画面を盗み見ると、見覚えのない局番が表示されている。京区内の固定話だった。
「すみません、し席をします」
私は帳を抱えてちがり、輩に目配せをしてから静かに会議のい防音扉を引いた。
廊にると、急に静寂がに刺さった。の効きすぎたフロアの隅、非常階段へと続く踊りの窓際までで歩き、通話ボタンを押す。
「もしもし、ですが」
『あ、もしもし。真紀様のお話でよろしいでしょうか』
話の声は、で落ち着きのない女性のものだった。
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背からピピピという子音と、ワゴンを押すいキャスターの音がかすかに混ざって聞こえる。
「はい、ですが。どちら様でしょうか」
『部病院、階病棟護師の井と申します。お仕事におそれいります。あの、お母様のことなんですが』
お母様、という単語に、私は眉をひそめた。
「母、ですか?」
『はい。枝様の件です。先週から誤嚥性肺炎で入院されておりましたが、炎症の数値も落ち着きまして、主治医からも本付で退院の許がました。つきましては、お迎えのをご相談したくお話を差しげたのですが。体何頃にいらっしゃれますでしょうか』
窓のには、首都速を流れるトラックの列が見えていた。
私はスマートフォンのスピーカーにを押し当てたまま、数秒、声がなかった。
「……あの、すみません。番号をお違えではないですか」
『えっ? 真紀様ですよね。は昭、ご勤務先はこちらの品流通の……』
「私の個報はっています。ですが、母の名が違います」
『え? 患者様のお名は枝様ですよ。は昭。以の所は杉並区沼……』
背筋をたいものがった。
も、以の所も、完全に致していた。杉並のは、私がまれ育った実だ。父がくなり、母がで暮らし、そして母がんだあとに兄と相談して売却した、あの造のだった。
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「あの、護師さん。よく聞いてください」
私は自分の声が張るのを抑えられなかった。
「私の母、枝は、にくなっています」
話の向こうで、キーボードを叩く乾いた音がピタリと止まった。
「……はい?」
「のに、千葉の病院でくなりました。葬儀も済ませていますし、遺骨もすでに寺に納めてあります。いまそちらに入院している方が誰なのかりませんが、私の母であるはずがありません」
数秒の沈黙のあと、井と名乗る護師は戸惑いをわにして言った。
『でも……保険証のデータも、緊急連絡先もこちらになっておりますし……それに何より、患者様ご本が、ご自分のお名を枝とおっしゃっています』
「本が?」
『はい。寄りは娘の真紀がいるだけで、連絡すれば必ず迎えに来てくれると、入院されたからずっとそうお話しされていて……』
のが真っになった。
詐欺か、それとも母の保険証を正に使っている赤のか。
いずれにせよ、んだ母親の名と、私の連絡先、そして昔の実の所が、病院の公なシステムにそのまま紐づけられているのだ。放置して済む話ではなかった。
「……わかりました。いまからそちらへ向かいます」
私は帳を閉じ、呼吸をつ落としてから、午からの半休暇を申請するために自席へと戻った。