"あなただけ辞めていいわけないでしょ" 第12話
伸ばされた
曜、夜の。
リビングのペンダントライトの、ダイニングテーブルには枚の類が置かれていた。
『入社承諾』
群馬の属加メーカーの社名と、私の名が印字されている。
回答期限は、の曜、午。
テーブルの反対側には、由美の支援センターの採用通と、学の奨学制度のパンフレット、そしてがを突きわせてき殴った、数枚の計シミュレーション用が散らばっていた。
翔太は、テーブルの端で黙って座っていた。
「……父さん」
翔太が、耐えかねたようにをいた。
「群馬まで、片以かかるんだろ? 毎半もに乗って、残業して……そんなの、んじゃうよ」
「にはしないさ」
私は努めて穏やかな声を作り、笑ってみせた。
「昔はみんな、それくらい働いてたんだ。始発で寝て、帰りので寝ればなんとかなる。それに、現のて直しさえ終われば、には落ち着くはずだ」
私はスーツの内ポケットから、黒いモンブランの万を取りした。歳のとき、課昇の記に由美がプレゼントしてくれたものだ。
「これにサインすれば、全部解決する」
私は万のキャップをした。インクの微かな匂いが腔をくすぐる。
「宅ローンも予定通り払える。翔太も、休学なんかしなくていい。
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由美、おもその発達支援センターの仕事にけばいい。無理にフルタイムで稼ぐ必はないんだ。……俺が、もう度だけ頑張れば、このは何も変えずに済む」
それが、もっとも痛みのない解決策のはずだった。
波をてず、誰も傷つけず、ただ私が昔のようにの蓋を締め直せば、佐野というは沈まずに済む。
私は入社承諾の署名欄に、ペン先を落とそうとした。
がかすかに震えていた。武者震いではない。体の奥底から湧きがる、純粋な恐怖だった。毎朝のたい空気、満員の圧迫、号がび交う、度と戻りたくなかったあのの世界。
それでも、私はペン先をに押し当てた。
『佐野』の『佐』の第画目をこうとした、まさにその瞬だった。
バン、と鋭い音が響いた。
誰かのが、入社承諾のからく叩きつけられた。
ペン先が滑り、いに本の無様な黒い斜線が引かれた。
私は驚いて顔をげた。
由美だった。
由美のが入社承諾を力任せに押さえつけ、私とペンをから引き剥がしていた。
「……由美?」
由美の肩が、激しく震えていた。
伏せられていた顔がゆっくりと持ちがる。その瞳には、かつてないほどの激しいが宿っていた。
「かせないわ」
由美の声は、く、しかし鉄のようなさを持っていた。
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「ふざけないでよ、雅さん。何が『俺がもう度だけ頑張れば』よ。何が『何も変えずに済む』なのよ」
「由美、現実を見ろ! これ以にどうやって――」
「ぬ気なの!?」
由美が鳴った。リビングの空気がびりびりと震えた。
「毎朝に起きて、片半かけて通って、残業して……あなた、今度こそ脳溢血で倒れるわよ! 過労するか、駅のホームからびりるのがオチよ!」
由美は承諾を両で鷲掴みにし、私の目のから乱暴に引き寄せた。
「誰がそんなおで学にきたいのよ! 誰がそんな血のついた料でローンを払いたいとうのよ! あなたがんだら、このが残ったって何のもないじゃない!」
「でも……!」
私の目から、にいものが溢れした。
堪えようとしても、止まらなかった。歳の男が、妻と息子ので、子供のようにしゃくりあげていた。
「じゃあ、どうすんだよ……! 俺が稼がなきゃ、このはどうなるんだよ! 俺にはこれしかないんだよ! これしか、族を守る方法が分からないんだよ……!」
、それ以のき方を教わってこなかった。
稼ぐことだけが男の価値であり、耐えることだけが誠だと信じてきてきた。その板を奪われたら、私には何も残らない。
その、テーブルの向こうから、静かな声が響いた。
「父さん」
翔太だった。
息子はちがり、ゆっくりと私たちのへ歩み寄ってきた。
その瞳には、もはや迷いも、親に対する軽蔑もなかった。
「もういいよ、父さん。……俺たちのために、贄になるのはやめてくれ」
翔太のが、私の震える肩のに、そっと置かれた。