"あなただけ辞めていいわけないでしょ" 第8話
テーブルに置かれた休学願
引き戸の敷居のところに、翔太がっていた。
いつからそこにいたのか、分からなかった。学の講義を終えて帰ってきたのだろう、黒いリュックサックを片方の肩にかけたまま、微だにせず私たちを見つめていた。
その顔には、先のような激しいりはなかった。ただ、く、救いようのない絶望だけが張り付いていた。
「……翔太」
由美がハッとに返り、散らばった類から線を逸らした。
翔太は何も言わず、靴を脱ぎ捨ててリビングに入ってきた。
リュックサックのチャックをけ、から枚のつ折りにされたいA4用を取りした。
そして、散らばった計簿と、由美の『退職願』と、千百円の求チラシの真に、そのをパサリと置いた。
用の部に、ゴシック体の太い文字で、こう印刷されていた。
『休学願』
そのには、すでに翔太の自で学部名と学籍番号、氏名が記入され、番端には学の教務課の受付印が朱に押されていた。
私の臓が、ドクンと嫌な音をててねた。
「翔太……お、これ」
「今、学の事務でもらってきた」
息子の声は、ひどくたく、静かだった。歳の若者の声とはえないほど、乾ききっていた。
「保証の署名と捺印があれば、来週の曜には受理されるってさ」
「何考えてるの!?」
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由美が叫び、をひったくろうとした。だが、翔太がその首を制した。
「母さん、やめてよ」
翔太は由美のを静かに、しかし拒絶を込めて払いのけた。
「がずっと鳴りってんの、ドアの向こうで全部聞いてたよ」
翔太のえ切った線が、私と由美のあいだを往復した。
「父さんは『誰のおかげで学にけてるとってるんだ』って顔をして、母さんは『私の犠牲のにこのがある』って請求を突きつけてる。……するに、俺がしてるせいで、は辞められないんだろ?」
「違う! そんなこと――」
「違わないよ!」
翔太の声が、初めて震えた。
「俺の学費が万かかるから、父さんは埼玉の倉庫で夜勤しなきゃいけないんだろ? 母さんは千円のパートでしなきゃいけないんだろ!? して、俺を質にして互いにナイフ突きつけってるだけじゃないか!」
私は喉の奥が焼きつくようで、言も弁解できなかった。
「俺さ、ずっと気持ち悪かったんだよ」
翔太は自分の胸のあたりをく掴んだ。
「のときから、父さんが夜遅く帰ってきて、ため息つきながら缶ビールんでる姿見るのが怖かった。母さんが引きつった笑顔で『お父さんは頑張ってくれてるんだから謝しなさい』って言うたびに、自分が親の命を削ってきてる寄虫みたいにえて吐きそうだったんだよ!」
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「翔太、そんなにったことなんて度も――」
由美が涙をこぼしながら言った。
「ってただろ! 今だってそうじゃないか!」
翔太はテーブルの『休学願』をバンと叩いた。
「俺、から学かないから。駅のセブンイレブンで夜勤のバイト、週でシフト入れてもらった。万にはなる。自分の飯代と携帯代は自分で払うし、このの費の分のも入れる」
「馬鹿なこと言うな!」
私はわず息子の肩を掴もうとした。
「おが学を休学して、将来どうするんだ! 親の責任だ、おが背負うことじゃない!」
「親の責任って何だよ!?」
翔太は私のを力任せに振り払った。その差しには、父親に対する畏敬など微も残っていなかった。
「自分たちののケツも拭けないくせに、親面すんなよ! 勝にで倒れそうになって、互いに『おのせいだ』って擦り付けって……見てて惨めなんだよ!」
翔太はそれだけ吐き捨てると、リュックサックを放りし、再び自分の部へと戻っていった。
バタン、と乱暴にドアが閉まる音が、静まり返ったリビングにく響き渡った。
フローリングのに散らばった分の領収。
千百円の求チラシ。
週の付が入った由美の退職願。
そして、教務課の朱肉がまだしい、翔太の休学願。
週の猶予のうち、すでに週が消えろうとしていた。
互いの痛みを叫びい、相を打ち負かした先に残ったのは、勝利などではなかった。
ただ、自分たちの勝な痩せが、もっとも守りたかったはずの息子の未来を、今まさに押し潰そうとしているという、逃れようのない現実だけだった。