"あなただけ辞めていいわけないでしょ" 第4話
都のいい定という言葉
曜の朝、カーテンをけると、の澄んだ青空が広がっていた。
だが、佐野の空気は苦しく淀んだままだった。翔太は朝くから何も言わずにをていき、居には私と由美のだけが残されていた。
私はもできなかった。ソファに座り直し、台所で洗濯を回している由美の背に声をかけた。
「由美。昨は取り乱して悪かった」
由美はを止めず、濡れたタオルをパンパンと叩いて伸ばしている。
私は、昨夜考え抜いた「現実な妥協案」をにした。
「来週の曜から、転職エージェントに登録する。俺には製造業での実績がある。産管理の課をやってきたんだ。歳とはいえ、同業のなら、収百万から百万の管理職ポストは見つかるはずだ」
私はできるだけ説得力を持たせるよう、く落ち着いた声を作った。
「半だ。半だけをくれ。俺が次の仕事を必ず決める。だから……頼むから、おの退職届は引っ込めてくれ。病院の事務職は定してる。おが踏みとどまってくれれば、がは持ちこたえられるんだ」
洗濯物を干し終えた由美が、ゆっくりと振り返った。
その顔には、昨夜のような険しさはなかった。ただ、の切を削ぎ落としたような、静かな表だった。
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「定、ね」
由美はぽつりと言った。
「あなた、私のをなんだとってたの?」
「なんだって……おが族のために真面目に働いてくれてたことは、謝してる」
「謝なんてしてないわよ。便利なクッションだとってただけでしょ」
由美はエプロンのポケットにを突っ込み、歩、私にづいた。
「翔太が保育園の頃、をすたびに退の話がかかってきたのは誰? 私よ。学の学級崩壊で保護者会が平の午にかれたとき、をげてシフトを代わってもらったのは誰? 私よ。あなたのお母さんが骨折したとき、病院のリハビリの送迎に通ったのは誰? 全部、私じゃない」
「それは……おの職の方が、融通が利いたからだろ」
「どうして私の職なら融通が利くの? 私の仕事が『誰にでも代わりがきく、責任の軽い仕事』だから? そうってたんでしょ」
私は反論できなかった。胸の奥の急所を、正確にナイフで突かれたような衝撃だった。
「私はね、正職員の管理職登用試験を受けるチャンスが回あったの」
由美が初めてにした事実に、私の息が止まった。
「回目は、翔太が学受験のとき。『母親がにいてやらないとだ』ってあなたが言ったから諦めた。回目は、あなたが級の産管理責任者の資格を取るために毎晩勉してたときよ。
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『のことは頼む』って言われて、私はまた試験を辞退した」
「……聞いてないぞ、そんなこと」
「言わなかったのよ。言ったら、あなたが困るとったから! あなたができな顔をして『男の仕事』を全うできるように、私がいつでも穴埋めできるように、昇も昇格も諦めて、いつでも休めるポジションに甘んじてきたんじゃない!」
由美の声が、初めて震えた。りではなく、分の悔しさが滲みていた。
「私のはね、あなたが転ばないように敷き詰められたマットだったのよ。それを今、自分が疲れて勝に会社を辞めた途端に、『おは定してるからそのままマットでいろ』って言うのね」
私は喉が締め付けられ、声がなかった。
自分のが「族のための犠牲」だったと疑わなかった。だが、その犠牲の台のには、私が度も目を向けようとしなかった妻の犠牲が、何にも敷き詰められていたのだ。
由美は壁のカレンダーに目を向けた。
来末の欄に、赤いペンでさく丸がつけられている。
「事にはもう話を通したわ。正式な職票の続きまで、あと週」
由美は私をたく見据えた。
「この週で、あなたが私を説得して退職を撤回させるか。それとも、で別のき方を探すか。……どっちかしかないわよ、雅さん」
由美はそれだけ言うと、リビングのドアをけ、階へとがっていった。
静まり返った部に残された私は、自分の縮こまった両をただ見つめることしかできなかった。