"今回は、探さない" 第16話
「どっちにきたいの」
「麻」
達也が、縋るような声を漏らした。
子どもので見せるにはあまりに無防備な、迷子のどのような差しだった。
「……おはどうう? 俺の問題じゃないんだ。ののことだし、子どもの将来がかかってる。おがどう考えてるか、聞かせてほしい」
蓮がそうに父親と私の顔を見比べ、が唇をぎゅっと噛み締める。
ダイニングの空気が、これ以ないほど濃密に張り詰めていた。
私はお玉を置き、両をテーブルのにねた。
夫の目を、まっすぐに見つめ返す。
「私はね、どっちでもいいとってるよ」
達也の眉が、わずかにねた。
「どっちでもいいって……そんなわけないだろ。百万円以違うんだぞ。百万じゃ、毎ギリギリだ。活費を削って、にもバイトを続けてもらって、おのパートの収入だってあてにしなきゃ回らない」
「うん。計算はした。厳しいのは確かよ」
私は静かに首を縦に振った。
「でも、回らないわけじゃない。を放して、保険を見直して、を減らせば、暮らしていける。も自分の留学費用をバイトで半分すって言ってくれたし、私も仕事の受託量をし増やせる。だから、おの配だけで決める必はないの」
「じゃあ……!」
「私が聞いてるのはね、達也さん」
私は言葉を切り、夫の名を呼んだ。
広告
「あなたが、どっちの所にきたいのかってこと」
達也のが半きのまま止まった。
「条件でも、世体でも、私の顔でもなくて。から毎朝起きて、満員に乗って、夜遅くまで汗を流すのはあなたなの。あなたは、どっちの会社で働いている自分が好き?」
達也の瞳が激しく揺れいた。
彼は両で顔を覆い、テーブルに肘をついた。
指の隙から、掠れた声が漏れた。
「……わからないんだよ」
吐されたのは、達也の胸の奥底にある、最も々しい恐怖だった。
「佐野の会社にけば、と同じ活に戻れる。みんなに『さすがだな』って言ってもらえる。でも……俺はあそこにったら、また元の自分に戻っちまうんじゃないかって、それが怖いんだ。きな板に守られて、部に指示だけして、何でも妻に始末を頼んでた、あの傲で空っぽな課にさ」
達也のが、刻みに震えていた。
「でも、派遣の会社は……毎だらけだ。歳のリーダーにをげて、チラシ配って、靴底減らしてさ。だけどあそこには、俺というをそのまま見てくれる古川社がいる。『あんたの姿勢を見て、若い奴が変わった』って言ってくれた。俺のが、初めて板抜きで認められた気がしたんだ。……だけど、料があまりにすぎる。俺の見栄のために、族を巻き込んで苦労させるなんて、父親として失格なんじゃないかって……」
広告
達也の声が湿り気を帯び、途切れた。
「お父さん」
隣に座っていたが、突然、達也の袖を引いた。
達也が驚いたように顔をげると、は微かに笑っていた。
「あたし、お父さんがだらけで帰ってくるようになってからの方が、ずっと好きだよ」
「……」
「のお父さんは、いつも嫌で、のこと何もしなくて、ちょっと文句言うとすぐ鳴ってさ。正直、話しかけるのも嫌だった。でも最のお父さん、自分の靴、自分で磨いてるじゃん。ご飯も『美しい』って言ってべるじゃん。あたし、貧乏になるのはちょっと嫌だけど、のお父さんに戻る方がもっと嫌だな」
達也の喉から、ヒッと息を呑む音がした。
夫は唇をく噛み、溢れそうになる涙を必に堪えていた。
私はちがり、達也のの湯呑みに温かいお茶を注ぎした。
「今夜はもう、考えなくていいよ。晩寝て、の朝、あなたのがいちばんを向いている方に話しなさい。……あなたが自分で選んだなら、族全員で背負うから」
達也は両でお茶を包み込み、湯気の向こうで、く、く頷いた。