"七年の指輪を外す夜" 第2話
司会者のよく通るソプラノがスピーカーを通じて会に満ちると、張り詰めていたビジネスの空気が、ふっと弛緩した。 最列に陣取る親しい経営者たちのテーブルから、事を察したかのような、期待を含んだい笑い声とざわめきが漏れ聞こえてくる。
琢磨は、ステージの央にすっと背筋を伸ばしてっていた。 体の線に完璧に仕てられたダークネイビーのスーツ、乱れのない髪、聴衆を惹きつける落ち着いた差し。 創業当初、頼み込んでセッティングしたベンチャーキャピタルのアシスタントにすら面会をドタキャンされ、たいのるオフィスので肩を落としてち尽くしていた、あの頃のみすぼらしい青の面は、もうどこにも見当たらなかった。
初めての投資ピッチに挑んだ、彼は台袖で緊張のあまりのひらを汗でびっしょりと濡らし、私のを祈るようにく握りしめていた。 初めて経済のインタビュー取材を受けることになった夜は、格ホテルの洗面台の鏡のにち、午を回るまで、何度も何度も定問答を声で練習していた。 そして、苦難の末に京証券取引所のメインステージでの鐘を鳴らしたあのれがましい。打目の鐘の音が響き渡る、彼は詰めかけた勢の関係者や株主の越しに、観覧席の隅にいた私を正確に見つけし、まるでいたずらが見つかった子どものように、顔をくしゃくしゃにして笑いかけてくれたのだ。
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あの瞬、私の胸を満たしたのは、言葉にできない堵と誇りだった。 彼が切り拓いてきた荒野を、隣でにまみれながら共に歩み、息を潜めて耐え忍んできたという歳は、決して無駄ではなかったのだと、からそう確信していた。
けれど。 その夜、ステージのでスポットライトをに浴びる琢磨の線は、会の最列にいる私を探そうとはしなかった。
彼の双眸は、ステージの袖へと向けられていた。 幕のから、の女性がゆっくりと歩みてくる。
希。 アイボリーホワイトのシルクのドレスをに纏い、肩にかかる艶やかな黒髪を夜会巻きに結いげた彼女は、スポットライトの輪のへと歩み寄った。 客席からの無数の線に晒され、頬をごくわずかに気させて緊張したような表を作ってはいたが、その瞳の奥には驚きのは微もなかった。 その落ち着き払った佇まいを見た瞬、私の胸の奥で、カチリと何かが凍りつく音がした。
これは、今こののいつきでもなければ、祝宴の勢いに任せたサプライズなどでもない。 何週も、あるいは何ヶもから、ので綿密に打ちわされ、タイムスケジュールに組み込まれていた既定線なのだということが、痛いほどのたさをもって理解できた。
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希は、アスターリンクの経営企画の最責任者だった。 、アメリカの投資から鳴り物入りで同社に参画して以来、難航していた展のがかりを築き、複数の型M&A案件を主導して成功へと導いてきた、誰もが認める社内のトップエリートだった。 この、メディアへのや業界の公式レセプションにおいて、琢磨が彼女を伴って席する会は目に見えて増えていた。興の経済メディアやビジネス誌は、の洗練された写真を並べ、『シリコンバレーに最もい、息のった最の経営パートナー』といった見しを躍らせていた。
私も、リビングのテーブルのに置かれたそれらの記事を目にしたことがある。 半、あまりにもの距がく見えることに胸騒ぎを覚え、夕の片付けをしながら、度だけ琢磨に尋ねたことがあった。
『最、さんとの記事がいのね。社内でも、そういうに見られているの?』
その、琢磨はあからさまに眉根を寄せ、そうに線を逸らしたのだった。
『メディアなんて、閲覧数を稼ぐためなら根も葉もないゴシップ紛いのことだって平気でくんだよ。……まさか、咲まであんならない記事を真に受けてるわけじゃないだろ?』