みかん小説
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"「実の親じゃない」と夫に言われた日" 第16話

甘い卵焼きとただいま

季節は巡り、の嵐が桜を散らしたの、初の匂いが漂うの旬でした。

野の学へ旅ってからヶ。

美咲のいないは、最初の数週こそ奇妙なほど静かで、リビングの広さに戸惑うこともありました。

けれど、のを流れる空気は、以のあの息苦しいたさとは完全に変わっていました。

浩司は変わりました。

あの面接の以来、彼は毎朝のゴミしを自分の課にし、週末には器用なつきで呂掃除を引き受けるようになりました。

学からの連絡メールはすべて浩司のスマートフォンにも転送されるようになり、彼は美咲の寮活のスケジュールを几帳面に帳へき留めていました。

あの斎の机に置かれた婚届は、今も私の寝の引きしのにしまってあります。

浩司はその用について度も触れませんでしたが、毎晩、私にお茶を淹れてくれるの彼の仕には、度と私を「都のいい政婦」として扱わないという、静かな決が滲んでいました。

私たちは、度壊れかけた関係を、ゼロからゆっくりと結び直している途でした。

曜の午。

キッチンのフライパンので、甘めの汁を吸った卵液が、ジュウジュウと気よい音をてていました。

菜箸でく端を巻き込み、角を使って形をえます。

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隣のコンロでは、根と参、豚肉を胡麻油で炒めた鍋から、赤噌と姜のばしい湯気がちっていました。

ガチャリ、と玄関のドアの鍵がく音が響きました。

続いて、ゴロゴロとキャスターを引く、聞き慣れた滑らかな音がフローリングに響き渡りました。

リビングで聞を読んでいた浩司が、弾かれたようにちがって玄関へ駆けしていきました。

「美咲! おかえり! 荷物、かっただろ、貸しなさい」

「いいよ、自分で持てるってば。お父さん、ちょっとげさ」

玄関から、し焼けして引き締まった美咲の、るい笑い声が聞こえてきました。

スニーカーを脱ぎ、スリッパをパタパタと鳴らしながら、美咲がリビングのドアをけました。

には、野の実習林檎園で採れたという、さな緑の瓶が握られていました。

「ただいま!」

美咲は廊でち止まり、をくんくんと鳴らしました。

部いっぱいに広がる、汁のりと、し焦げた醤油の匂い。

美咲の線が、キッチンのカウンター越しに、フライパンを握る私へと向きました。

そして、何の気負いもなく、まるで昨もそうしていたかのように、自然に声を張りげたのです。

「お母さん、今何? ……すっごいお腹空いた!」

キッチンの換気扇の音だけを残して、瞬、リビングの空気が止まりました。

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浩司が目を見張り、美咲自も自分がにした言葉の響きにハッとしたように、そのでピタリときを止めました。

美咲のい頬が、みるみるうちにの付け根まで真っ赤に染まっていきました。

「……あ、いや、その……」

美咲は気まずそうに線を泳がせ、に持った林檎ジャムの瓶を胸ので抱え込んで俯きました。

歳になっても、照れ隠しの仕は歳の頃としも変わっていませんでした。

私は、をさく止めました。

泣き崩れることも、駆け寄って抱きしめることもしませんでした。

ただ、エプロンで濡れたを丁寧に拭き、フライパンに残った最の卵焼きをお皿に移しながら、優しく目を細めて振り返りました。

「、洗っておいで。豚汁、もうすぐよそるからね」

「……うん!」

美咲は弾けるような笑顔を見せると、洗面所へとりで駆けていきました。

蛇から勢いよくが流れる音が、静かな夕暮れのに響き渡りました。

リビングの窓のには、初の柔らかなが吹き抜けていました。

特別な儀式も、げさな誓いの言葉も、もう必ありませんでした。

名を呼ぶ。

温かいご飯を作る。

ただいまと言って、おかえりと返す。

その当たりで、かけがえのない常の積みねのに、私たちが探し求めていた、本当の「族」の姿がありました。

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